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 それは、梅雨空(つゆぞら)の下、学校近くのバス停でのことだった。  なにかに目を奪われるってこういうことなんだと、私はその日初めての感覚を味わった。  高い位置でひとつに結ばれた髪は毛先だけくるんとしていて、(つや)やか。傾いた顔に落ちる影は肌の(なめ)らかさを際立たせている。  長いまつ毛は優しく伏せられ、じっと動かないその姿は、まるで美術館に飾られている、そういう絵画のようだ。  ――きれい。  雨で白く(かす)む世界の中で、彼女の姿だけがなぜかくっきりと色彩鮮やかに映った。  蛙の鳴き声と雨音が支配する中、不意に車が道路に落ちた雨水を豪快に弾きながら通り過ぎていく。それが数回続いたとき、彼女がふっと目を開けた。  長いまつ毛を何度か揺らして、ふとバス停の前に立っていた私を見上げる。 「座る?」  バス停のうしろ側、小さな池に落ちる雨音に遠慮するようにひそやかな声。しかしながら、その声はななぜかはっきりと私の耳に届いた。 「……ありがとう、ございます」  一方私は、今にも雨音にかき消されてしまいそうな声で、そう答えた。  これが、私と椿(つばき)先輩の出会いだった。
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