トラック無双

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トラック無双

 荒野の戦場を大型トラックが爆走していた。 「ちくしょう! なんで俺ばっかりこんな目に!」  運転手、日野(ひの)(はこぶ)はアクセルを全開で踏み込み、大型トラックで視界を埋め尽くす武装兵をなぎ倒して蹂躙する。  そうでもしなければ彼の命はないからだ。  剣や槍を構えて迫りくる数万の大群を相手に丸腰の男が一人で敵う訳もない。  さらには理解を超えた魔法まで飛び交う始末であり、おまけには幻覚を疑うレベルで、大群の奥のほうにはロボットアニメで見たことあるような人型の兵器まで並んでいる。  生き延びたければ逃げるしかない。 「俺が何をしたっていうんだ! どうしてこんなことになっちまったんだよぉっ!」  否応なく兵を跳ね除けて無双するトラックの中で、運はほんの数分前からのことを思い出していた。  それは、どういう過程を経てそこに至ったのかはわからない。  おそるおそる目を開いてみれば、そこは地平線の彼方まで続く荒野だった。  乾いた風が吹き抜け、地面にはところどころひび割れが走り、その隙間からは小さな砂埃が舞い上がる。空はどんよりとした雲に覆われ、太陽の光は薄ぼんやりとしか地上に届かない。遠くにはごつごつとした岩山がそびえているだけで、視界のほとんどは荒涼とした風景に埋め尽くされていた。 「もしかして、異世界転移したのは俺のほう……なのか?」  広大な荒野のなかにポツンと一つだけ存在する長距離トラック。  その運転席で日野(ひの)(はこぶ)は呟いた。 「落ち着け……ほんの一瞬前まで俺は道路を走っていたはずだ……」 ――ちょうど歩道橋の下を通るとき女の子が上から飛び降りてきて、あぁもう轢いちまうと思って急ブレーキを踏んだんだったな。思わず目を瞑っちまったが、それから目を開いてみたら荒野だった……。  運は両目を擦ってからまた開く。それでも変わらぬ荒野が広がるばかり。 「聞いたことがあるぞ……? たしかトラックに轢かれると異世界転生ができるとかどうとか……。でもそれってアニメとかの話じゃないのか? いや、そもそもトラックのほうが異世界転移してしまうってパターンもあるのか……? まさか俺も巻き込まれたのか……?」  大地にはまばらに点在する草のような植物があるが、それは見るからに弱々しく、色もほとんど枯れた黄褐色に近い。その中に一見雑草に見える小さな白い花がところどころ咲いているが、そんなものは視界に入らないにも等しい。 「まいったな。どうやら俺は本当に異世界に来てしまったようだ」  かつてはここに何かがあったのかもしれないが、その痕跡は見当たらない。まるでこの地がすべての命と記憶を忘れ去ったかのように無限と続く荒廃の世界だった。 「少なくとも帰り道で良かった……積荷はないからな。罪にならない」  それを聞く者はいない。  運はこの広大な荒野に自分が存在している意味もわからないまま、途方に暮れていた。  運転手、日野運、二十八歳、彼女いない暦イコール年齢。  家庭の事情で否応なく高校中退、かつそれなりの収入を求められた結果、数度の転職を経て最終的に流通業に就職することになった青年。  性格は真面目で温厚、精力的に仕事に取り組み、働きながら大型免許を取得し、長距離ドライバーとして流通を支えていた。 「いくら自殺志願者っぽかったとはいえ、俺、人を轢いてしまったのか……」  運はおそるおそるフロントの下を覗いて見るが、見える範囲に死体はなかった。 「一応、降りて確認しておくか……」  ドアに手をかけたとき、トラック右窓の先に何かが見えて運は止まった。さらに良く目を凝らせば、それが人間で、しかも戦国映画さながらの軍隊であることがわかる。  彼らは軽装の兵士たちが中心で、鮮やかな色彩の布で体を包み、鋭い目つきをしている。長弓を構える弓兵が前方に立ち、そのうしろにはしなやかな剣士や素早く動ける軽騎兵が控えていた。彼らの旗には風にたなびく龍の紋章が描かれ、軍全体に一種の異国情緒を漂わせている。 「軍隊!? マジかよ。行軍の邪魔になる前に早く逃げなきゃ……」  運はエンジンを掛けようとするがトラックはなんら反応しなかった。 「おおい、なんでエンジンかかんないんだよ、さっきまで動いてただろ」  何度試しても結果は変わらなかった。 「ヤバイヤバイ、早くどかないと。よく見れば隊列を組んでるじゃん。まさか……?」  運はその反対、左窓の先を見た。そこには右窓側同様に隊列を組んだ軍隊が並んでいる。  重厚な鎧に身を包んだ騎士たちを中心に編成されており、重々しい鉄の音が風に乗って聞こえてくるようだ。前列には大きな盾を構えた歩兵が並び、そのうしろには槍兵が整然と隊列を作っていた。さらにそのうしろには屈強な騎兵隊が控え、馬の蹄が不穏に大地を鳴らしている。彼らの鎧には黒い紋章が刻まれており、統率の取れたその姿はまさに戦の猛者たちであることを示していた。  両軍はこれから戦争が始まるのを待つかのように緊張感に満ちた空気の中で睨み合っていた。広大な荒野の静けさを破ることなく、両軍はじっと息を潜め、何かの合図を待っていた。  広大な荒野に向かい合った大軍勢。その中心にトラックの構図である。 「これ、今から戦争ですか……?」  運は青ざめながらもエンジン掛け直しを試みた。 「どきます! すぐどきますからちょっと待って!」  その声は誰にも届かない。そして運は燃料メーターがゼロになっていることに気づいた。 「嘘、だろ……満タン近くあったはずなのに……」  その顔はますます蒼白になっていく。 「頼む! せめてこの場から離れるまでだけでいい! 動いてくれ!」 ――トラックを捨てて逃げるか? いや、この状況で身体一つになったら殺られる!  そしてトラックになんら反応がないまま、やがて両軍から鬨の声が上がった。それは間もなくの開戦を意味していた。両軍が大地を踏み鳴らし、大地も大気も震えるばかり。 ――戦場の真ん中に意味不明のトラック。でも大軍勢の中にたった一台のトラック。そりゃあ気にすることもなく開戦しちゃうよなあ。  やがて両軍から先鋒部隊が飛び出した。運のトラックを挟み込むように。 ――殺、される……。  運は青くなり、慌てふためきながらキーをガチャガチャと回したり、アクセルやブレーキを蹴りつけたり、意味もなくハンドルを叩いたりしながら必死で叫んだ。 「頼む! 動け、動け、動け、動けええええええっ!」  ポン、と車内に何かの音がした。 「なんだ!? エンジンが点いたのか!?」 「いいえマスター。まだエンジンは点いておりません」  運の期待混じりの声に反応する声があった。 「誰だっ!?」 「私はトラックの精霊、ナヴィです。マスターの心の叫びにより一部アクセサリーが点灯いたしました。現在ナヴィは省力化のためオーディオ機能のみを利用しております」 「なんでもいい。早くこの場から離れたい!」  運は藁にもすがるようにどこかから聞こえる声の主に語りかけた。 「了解しました。しかしそれにはエンジンを始動する必要があります」 「それが、さっきから試しているけど掛からないんだ!」 「分析結果、燃料枯渇が原因と思われます」 「ガソリンは入ってるはずなんだ!」 「申し上げます。現在このトラックはガソリンなどといった燃料で動く仕様ではありません」  そうこうしているうちに両側の軍勢はトラックからかなり近い位置にまで接近していた。そして両軍勢からトラックを挟んで矢が飛び交うような状況になる。 ――ヤバイ! 窓が割れる! 殺される! 「じゃあなんだよ! なんでもいいよ、なんとかしてくれ!」 「お答えします。このトラックは、マスターの精神エネルギーを燃料として動きます」 「ああなるほど異世界って訳だな。それはわかったからどうやって燃料にするんだ!」 「心を、燃やしてください。熱い気持ちがトラックを呼び起こします」 「ふざけんなよ! 訳がわかんねーよ!」  運は両拳を強くハンドルに叩きつけた。刹那戦場に鳴り響くクラクション。それは両軍の注目を引きつけるには十分だった。 ――やべ、やっちまった!  迫りくる両軍の兵士がトラックにまとわりつく。サイドミラーを見れば荷台に槍を突き刺している兵が見えるし、とうとう運転席のドアを開けようとしだす兵もいた。 「マスター。叫んでください、イグニッションと」 ――ああもう意味がわかんねーけど、今はやるしかねーんだろ!? 「わかったよ! やってやるよ! イグニッショオオオオンッ!」  その瞬間トラックが輝きを放ち、まるで暗闇のベールが引き剥がされるかのようにインテリアにおいてもすべての機能が解放された。  そして運の瞳にも力が宿る。  そう、運はハンドルを握ると豹変する人種だったのだ。 「テメエら、俺様のトラックに手ぇ出してタダで済むと思うなよ」  トラックのエンジンが始動したのにともなって全機能が解放され、運の目の前にナビ画面が表示された。それを見て運は問う。 「ナヴィ、どっちに向かえばいい?」 「周辺情報検索、現在地及び周辺の地勢情報取得、マップを表示します。広域表示、広域表示、広域表示……マスター、ご覧のとおり現在地周辺は広大な荒野となっております。その西側にはイロハニ帝国、東側にはホヘト王国が主だった国として挙げられますが、各国の情勢等によっても最適な経路が異なってくるものと思われます」 「細けぇことなんか知るか! じゃあ適当に、西!」  運はハンドルを切ってアクセルを踏んだ。 「言っとくが俺様は殺されるぐらいなら容赦しねーぞ。どうせもう一人轢き殺しちまった人間だからな。立ちはだかるものは全員、轢き殺す!」  アクセルは全開。トラックは徐々に速度を上げ、やがてその勢いは無人の境を行くがごとく立ち尽くす西軍兵を蹴散らして進んだ。 「レレレレレレレレレ、レベ、レベ、レベルが上がりました」 「うるせえ黙ってろっ!」  ナヴィの声も耳に入らないほどに運は全神経を前方にのみ向けていた。 「スキルロケットスタートを取得しました」 「スキル!? なんだそりゃあ! それよかこのガタガタをなんとかしろ!」 「承知しました。現在までに得たスキルポイントを消費し、スキルホバークラフトを取得」  スキル効果で少しだけタイヤが地表から離れ、兵を踏みつけることのなくなったトラックはさらに勢いを増して戦場を爆走する。 「うはははははっ! こりゃいいぜ! 人がゴミのようだ!」  西軍兵の海原を、まるで地図に線を引くように駆け抜けるトラック。  しかしその行く手の先に突如、地面が隆起した土壁が作り出された。 「くそっ! 異世界の魔法か何かかよっ!」  運は素早くハンドルを切りそれをかわす。それに合わせて車体が横滑りし、その荷台はまるでドラゴンが尾を薙ぐがごとく多くの西軍兵を吹き飛ばす。 「スキルドリフトを取得しました」  しかし西軍の後方に陣取る魔法兵部隊も黙ってはおらず、トラックの進行方向前方へさらに現れる複数の土壁、それらをかわすために方向転換を余儀なくされるトラック。  魔法とトラックの緊迫する攻防が続き、その間もやむなく蹂躙され続ける西軍兵たち。 「くっそ! 止まったら殺られる! テメエら、どけええええ!」  蛇行やドリフトを続けるトラックに西軍兵たちはひたすら巻き込まれ続ける。 「スキル自由旋回を取得しました。スキルG耐性を取得しました。スキル……」 「さっきから煩いんだよっ! これじゃあいつまで経っても西に抜けらんねぇぞ!」 ――しかも何げに西軍兵を轢きまくりで、むしろ西方面に向かい難くね?  運の脳裏に疑問がよぎったときだった。西軍の中から数発の火炎弾や礫弾がトラックに向けて放たれたのだった。それは少なくとも運転席にも衝撃をもたらす威力の攻撃である。さらには兵の合間を縫うように斬撃の波がトラックに向けて放たれたりと、西軍のトラックに対する攻撃は次第に激しさを増していく。 「やべえ。これはいよいよやべえ。西は無理だ」  辛くも斬撃をかわしつつ、運は方向を転換した。 「ナヴィ、やはり東側に抜けよう。なるべく兵を轢かないルートはないのか」 「ルート検索。進路上に兵が存在しないルートはありません。ただし、現在のマスターのレベルであれば新たなスキルを取得し、蹂躙を回避することは可能です」 「やってくれ、頼む。せめて東軍には可能な限り被害を与えずに東側の国へ行きたい」 「かしこまりました。スキルポイントを消費し、スキル飛行を取得」 「なにっ!?」  瞬間、運が驚く暇もなくトラックは大地を大きく離れ、空を走っていた。  それは両軍のぶつかる戦線の直前、最後まで西軍兵を蹂躙してのフライトであった。 「うはははははっ! マジかよ、もう訳がわかんねー。俺様、どうやって運転してんだこれ」  運は手で目を覆い隠すように上を向いて困惑していたが、笑わずにはいられなかった。 「お答えします。マスターの現在の職業、運転手|(トラック)の初期スキルにより、すべてのトラックはイメージのとおり自由に乗りこなすことが可能です」 「はああ。よくわからないが……最近流行の異世界って、こういうもんなんだな」 「マスターが異世界転移者である情報を入手。この世界の情報を必要とされる可能性を推測。ナヴィにおいて情報収集を行いますか?」 「ああ、頼む」 「かしこまりました」  空を飛ぶトラックは悠々と東軍兵の海を下に走り抜けていく。 「うは! 東軍の奥にいる奴、アレ、もしかしてロボット兵器じゃね? すげえ、ここは剣と魔法とロボットの世界かよ!」  運は両手を窓に付いて眼下の東軍を眺めていた。 「すげえよ、魔法の西軍、機械の東軍といった感じか? それとも両国とも両方ありか?」 「お答えしますマスター。ご高察のとおり、ここは剣と魔法、機動兵器トラクターを駆り覇権が争われる世界。……ようこそ、『異世界エヒモセス』へ」
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