第1話 ありふれた日常から

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第1話 ありふれた日常から

 勇者が死んだ。  長く艶のある黒髪、すらっとした体、目が眩みそうな美女だった。  仲間に裏切られ、首を切られた彼女は――混じりけのない美しい赤銅色の鮮血を花火のように飛び散らせて絶命した。  彼女の名を叫ぶ。  自分が勇者の敵である魔王だったとしても、彼女の死は、彼女だけの死は受け入れられなかった。  だがら魔王()は――■■■を■■■と思った。  ***  西暦2023年10月初旬。  今日も俺の世界は相変わらず平和だ。  銀杏の葉が道路を覆って、黄色い絨毯のようだ。  いつもの待ち時間が長い信号機。  どこからともなく聞こえる四時を知らせる町内放送のメロディーは、いつもと変わらない。  それなのに、なぜかその日見た夢が強烈的だったのに、全く思い出せなかった。それが妙に気持ち悪くて、授業内容や友人とのやりとりなどの記憶も朧気だ。  これは俺が不真面目という訳ではなく、「今日に限って」と言うことだけは補足しておこう。 「煌月(こうが)先輩?」 「ん? あー、不思議な夢を見た気がするんだが、起きたら思い出せなくてな。陽菜乃(ひなの)は、そう言うことってあるか?」 「うーん? そもそも夢を覚えていることが少ないので、分からないです。あ、でもでも先輩が出てくる夢なら、いつでもwelcome(ウエルカム)です」 「それは光栄だな」 「エヘヘ、あ。煌月先輩、空を見てください! 『逢魔が時』って、こんな時間を言うんですかね?」 (相変わらず突拍子もないことを言い出す奴だ。……まあ、それに可愛いのだけれど)  学校の帰り道、朝鳥陽菜乃の言葉に俺は空を仰ぎ見る。  彼女の言葉通り赤紫色の空は、ほんの数分待てば宵の帳が降りるだろう。 「まあ、そうだな」  俺は空よりも隣を歩く彼女の横顔を見ていた。  今日も今日とて表情が目まぐるしく変化する。微笑ましくも愛おしい。  一つ下の朝霧陽菜乃(あさぎりひなの)と出会ったのは、彼女が高校一年で、俺が二年の時だ。  陽菜乃は長い黒髪に、美しい卵形の顔。細い肩に華奢な体で、紺のブレザー制服がよく似合っていた。顔色も出会った頃に比べれば、かなりよくなっただろう。
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