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律と凪
「私を、あなたのアンドロイドとして雇っていただけませんか」
「えっと・・・・・・?」
目の前に立つ有名なロック歌手は、怪訝さと困惑が混ざったような表情を浮かべた。
一時前から人間の文化にアンドロイドが普及した。
アンドロイドというのは人間の姿かたちをした機械のことを指している。
ある程度の思考能力を持ち、人と同じ動作が可能な為、資産に余裕のある一部の者の間に家事手伝いとして広まりつつあった。
律が押し掛けたのは凪という、有名なバンドのヴォーカリストの自宅だった。
凪が所属しているバンドはロック調の曲を中心に活動していて、昨年発売した曲が大ヒットして以降人気が冷めやらず、彼らを知らない人はいないのではないかと思われるほど有名なバンドになっていた。
「神田」という表札が掛かった家の玄関先で、ドアを開けた凪と律とは向かい合っていた。
「どういうこと・・・?」
「言葉の通りです。あなたの家でアンドロイドとして働かせていただきたいのです」
律は先程と同じような意味の発言をした。
「・・・ってことは、君、アンドロイドってことだよね。腕輪してるし」
凪は無表情で話す律を見た後、彼女の右腕に視線を落とした。
アンドロイドは見た目には人間と区別がつかなかった為、見分ける為に右腕の手首に銀色の腕輪をしていた。腕輪にはエメラルドのような緑色の宝石めいた石がいくつか埋め込まれていて、そこから動力を供給する役割もあった。よって律もその腕輪を右腕に嵌めていた。
「とりあえず、ここで立ち話もなんだし、中はいってよ」
凪は開けていた玄関の扉を先程よりも大きく開いた。
* * * * * * * *
「突然のことですみません」
ダイニングで凪と向かい合って座った律は頭を下げた。目の前の青年はまだ訝しげに彼女を見ている。
「で、どういう事情なんだか話してもらえる?」
凪は緑茶の入ったマグカップをすすりながら律をうながした。
「あなたが所有していたアンドロイドが損壊したというニュースを見ました。確か、交通事故に遭ったとか」
律が淡々と話すと、凪は頬杖をついたまま一度瞬きをした。
「そんな小さいニュース、よく見つけたね」
そして彼は緑茶を飲み干した。
「それで、君が来た理由は?」
「・・・私を少し前まで使用していた持ち主が亡くなりました。アンドロイドは人間の為に働くように出来ています。それで新しい持ち主を探していたところに、そのニュースを目にしました」
「そういうことね」
凪はとりあえず頷いた。律が現れたいきさつについては理解してくれたらしい。
「あなたとしても、代わりのアンドロイドが必要じゃありませんか」
律の言葉に、凪は「そうだねえ」と熟考する様子を見せた。
「まあそれなら新しいのを探す手間もお金も掛からないしね。わかった、いいよ。うちで働いてくれ」
そして彼は観察するような目を向けた。
「君、名前はあるの?」
それを受けて律は頷いた。
「前の持ち主からは、「律」と呼ばれていました。旋律の律です。」
「じゃあそのまま俺もそう呼ぶよ」
「私は何とお呼びしたら」
「凪でいいよ。本名だから」
「凪様ですね」
律がそう答えると凪は苦笑した。
「様はなんか嫌だから、凪さんとかで頼むよ」
そして凪は頬杖をついていた手を律に向かって伸ばした。律もその手を握り返した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
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