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目が覚めると、色んな感情が胸に押し寄せてきた。
たまらない気持ちになって、近所の24時間スーパーへ駆け込み、青果コーナーにあるカップのスイカをカゴに入れていく。
透明なカップに入っている、季節に関係なく売られているダイス状にカットされた赤いスイカの果肉と、白と黒の種、力強い緑色の皮がないのは仕方がないが、今のオレに必要な要素がそこに詰まっていた。
覚醒してなだれ込んでいく記憶。
マンガで言うところの――生存本能が過去の思い出を検索して、生き残るための情報を精一杯、提供しているのだろう。
目が覚めて思い出した、スイカの種を食べなくなったもう一つの思い出。
今は亡きコメディ俳優が、幼いオレのように、種ごとスイカを食べていくうちにスイカの怪物になって、狂ったように暴れまわる内容だ。
祖父に注意されたタイミングと重なったことで、幼いオレは怪物になる恐怖から種ごと食べるのを辞めた。
だけど、今のオレには。
◆
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ……。
透明なカップのふたを開けて、ジョッキで一気飲みをするように、ダイス状のスイカの果肉を流し込む。
嚥下するごとに胃袋が悲鳴をあげるが、気持ちは清々しく、全身から力がみなぎってきて、今なら満員電車にも余裕で乗れそうだ。
もうなにも怖くない。
オレの胃の中で、今、怪物が産声を上げたのだから。
◆
饐えて茶色く煮凝った空気の中。
いつものように業務をこなし、いつものように胃の痛みに耐える日々。
少し違うのは、オレの胃の中に宿ったスイカの怪物。
まだ幼体だから、身体のほとんどがスイカの球体で亀のような小さい手足がついている。
これがオレの胃の中で育っていると考えると、感じている胃の痛みも胎児が腹を蹴っているように思えて、気持ちが安らいでいくのを感じた。
「あ、野分さん、良いことあったんですか?」
「まぁな」
「もしかして、産業医の面談を受けたから?」
不自然にニヤついていたせいか、隣の席の同僚が話しかけてきた。
「あー、ちがうちがう。それはないない」
「え。江森のヤツ、首尾よく時短勤務になったらしいですよ」
「マジかよ。まぁ、8時間ずっといるよりマシだよな」
「うわっ、大人ですね。俺、悪口合戦の準備していたのに」
「それは酒の席でにしようぜ」
どんな風に、この怪物を育てよう。
強くて凶暴で残酷で、目の前にいるすべての人間を八つ裂きに出来ればいい。
例えば、今、オレの意識と肉体を乗っ取って、体中に緑のツタをまとわせながら、隣で無防備に話し続ける同僚の首を締め上げる。
突然の命の危機に、同僚は慌てるはずだ。
恐怖で顔を青くさせて、口から泡を吹きながら絶命する瞬間を想像し、オレは笑みが深くなるのを感じた。
もっとたくさん残酷に殺せるように、オレは怪物を育てる。
そのために必要なことを想像して、久しぶりに心臓が、期待で高鳴るのを感じた。
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