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オレは仕事をする。
けれど、有休も消化する。
周囲に負担をかけるが、以前のように罪悪感が湧くことはない。
Amazonで残酷描写に定評があるマンガとゲームを買い、スイカを種ごとムシャムシャボリボリ食べながら、胃の中で怪物が育っていくのを想像する。
怪物の最終形態は、人間とコモドドラゴンを足して二で割った姿で、獲物を捕獲するためのツタを全身に絡ませて、鱗のないツルりとした緑の皮膚には、稲妻のような黒いシマ模様が幾重にも走っている。
あと、忘れてはいけないのは、人間の頭をスイカのように噛み砕いて潰す大きな口だ。口の中の色はスイカのような鮮やかな赤がいい。
怪物の姿が具体化するごとに、江森ごと職場をめちゃくちゃにする光景を想像しながら、オレはゲーム画面で敵の頭を潰してニヤニヤと笑った。
血しぶきと絶叫と恐怖に強張る人々の顔を想像して、胃の辺りがあらぶっていく感覚。
何重にものしかかっていた柵が、プレイしているゲームのように呆気なく吹き飛んでいく光景がなんとも痛快で、体中に心地よい風が吹き抜けていくようだ。
「そうだ」
オレはさらに怪物の能力を脳内で強化させる。怪物のツタは獲物を捕食するだけではなく、締めあげて絶命させる力もあれば、鋼鉄よりも強靭なカッターとなってたくさんの敵を切り刻み、肉体に刻まれたシマ模様から黒い稲妻が発生して周囲を消し飛ばし、さらにはハッキング能力も備えていて、コンピューターウィルスを流し込むことが可能なのだ。さらに飛行能力を備えて……。
「うーん、難しい」
のこぎりの武器で敵を切りつけながらオレは唸る。
強くて誰にも負けない怪物を想像すればするほど、能力がファンタジーになってしまうのが悩ましい。
オレが望むのは泥臭くて残酷で現実的な処刑法なのに、想像のさじ加減が難しく、だが、それも楽しいと感じる。
オレの中で育っている怪物――その怪物を育てているつもりが、なんだか自分の方が、育てられて守られているような、そんな、気になるのはおかしいだろうか。
◆
……そう、わかっていたのだ。うちの部署の環境が最悪なのは江森のせいだけじゃない。
コロナ禍で被った会社の損害を取り戻そうと、でたらめに人材をかき集めて使い捨てる会社のやり方。
残業の超過を改善しない上に、中途入社で経理部の人間が一気に増えたものの、狭い室内に人数がギリギリで詰め込まれて窮屈きわまりなく、しかもゴミ出しが追い付かないせいで、ゴミ箱からつねにゴミが溢れ、給湯室にはコバエが飛びまわりゴキブリが徘徊している。
衛生面だけではなく、コロナ禍以前のルールが忙しさと人数の多さであいまいになって、気づいたら備品が減って、発注した備品が届く前にコピー用紙がなくなり、トイレットペーパーと消毒液のボトルとウェットティッシュのストックがなくなって、誰かが近くのスーパーに買いに行くことが常態化している現状。
電話対応はぎりぎりまで押し付け合い、社内便の封筒など個人情報が載っている書類が乱雑に置かれて、中途のために作られたマニュアルとかが、元のあった場所に返されることなんてない。
思考が安定してくると、江森がファイルを上書き保存してしまった件も、起こるべくして起きてしまったような、仕方がなかったことのように思えて、自分自身が業務に忙殺されて、余裕どころか自分自身を見失っていたことに気づく。
入社当時から世話になっている上野には申し訳ないが、今の職場にしがみつくのはあまりにも体に悪い。
転職活動や保証人については、おいおい考えよう。
思い切って休職でもしてしまおうか。
「お前もそう思うだろ?」
オレは怪物に独りごちた。
怪物の後ろで、祖父母が笑って頷いているような気がして、オレも自然に笑顔になった。
どうやら怪物は、オレに蓄積された毒まで食べてしまったのかもしれない。
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