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本編
「はい、これ」
サヤちゃんに手渡されたのは、直径三十センチはあろうかという巨大な鉢植え。焦げ茶色の土の中心からは、つやつやとした苗木がにょっきりと生えている。
先日、二年間お付き合いをしたサヤちゃんにプロポーズをした。その返事がこれ。
「こうちゃんに育ててみてほしいの」
「……ごめん。これって、プロポーズの返事とどう関係があるの?」
「花が咲いたらわかるよ」
そんな馬鹿な。と思う反面、そんなロマンティックなプロポーズの返事がある? とドキドキしたのも事実。だが、ドキドキに負けて引き受けるには腰が引けるほど、俺は園芸に詳しくない。詳しくないどころか、小学生の時に宿題として朝顔を育て、枯らして以来、植物を育てた経験がない。
迫力のある苗木を見下ろして、ごくりと喉を鳴らす。弱腰の俺を見てとったのか、サヤちゃんの目元が優しげに緩んだ。
「なにもひとりでイチから育てろって言っているわけじゃないの。アドバイスはするからさ、ふたりで頑張ってみようよ」
「サヤちゃんって、園芸の趣味があったっけ?」
「あるわけないじゃん」
じゃあなんで、と出かかった台詞を無理やり飲み込む。サヤちゃんは大手製薬会社の研究者としてぶいぶい働いている。高卒の俺と違って、大学院卒のサヤちゃんはすごぶる頭がいい。きっと、なにか複雑怪奇な仕掛けがあるに違いない。花びらの枚数が奇数だったらOK、偶数だったらNOとか? 花占いの要領で断られるのは辛すぎる。
「わかった。頑張ってみる」
「ありがとう!」
「さっそく聞くけど、これってなんの苗木?」
「それは咲いてのお楽しみ」
「……」
前言撤回。
早くも俺は、匙を投げかけた。
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