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「私、気づいたんですけど。もしかして、花言葉に関係するんじゃないですか?」
ずるずるとラーメンを啜る草薙さんが、ほんのりと上気した頬を緩めて言う。中点に陣取る太陽は勢いを失い、頬をなぜる風にぬるさが混じるようになった。秋が近い。
「どうだろう。花占いみたいなことはしないって言ってたけど」
「そうですよね。いくらなんでも、椎名さんの一世一代のプロポーズを、花言葉や花占いで返すことはないか」
真珠のような白い歯が、最後に残ったチャーシューを噛み締める。彼女は好きなものは最後までとっておくタイプのひとらしい。満足そうに頬を緩める草薙さんを眺めながら、内心では、花言葉か、と膝を打っていた。
九月になって、苗木は深い緑色の固そうな葉を身につけた。草薙さんは、「椿じゃないかな」と言った。
日本古来の花・椿。ヨーロッパや欧米ではカメリアと呼ばれているらしい。雪原に咲くイメージがある真紅や純白の椿は、凛と美しいサヤちゃんに似合いの花だ。
制服のポケットから出したスマートフォンで、椿の花言葉を調べていく。「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」どれもプロポーズとは関係がなさそうだが、少なくともネガティブな言葉ではなかったことにほっとした。
サヤちゃんに苗木は椿ではないか尋ねると、いたずらが成功した子どものような笑顔で「当たり」と返ってきた。
「花が咲いたらわかるよ」
苗木の正体がわかったというのに、サヤちゃんはそう繰り返すだけ。次第に、腹の底には苛立ちが沈殿するようになった。二年間付き合った彼女にプロポーズをした。俺としては、一生分の勇気を振り絞ったつもりだ。その返事を聞きたいだけなのに、お預けを食らうような行為を、いったいいつまで受けなければいけない?
こうなったら意地だ。土の表面を見ながら水を与え、日差しを調整し、時折栄養剤を差す。枯れないように、きれいな花が咲くように、あくせくと手間と根気を捧げる行為はなにかに似ている。なにかに似ていると思うたびに、たとえようもない焦燥が緩く喉元を締め上げていく。
水を、光を、栄養を与える。
枯れないように、いつかきれいな花が咲くように。
与え続けなければ、けして花は咲かない。
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