本編

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 今年は近年まれにみる暖冬らしい。だからなのかわからないが、十一月中旬になって、ようやく花が咲いた。丸々とした蕾が膨らみ、現れたのは、真紅でも純白でもない、赤と白がまだらに混じり合った大輪の椿だった。  微熱のような朝日の中、ようやく咲いた花を目にした俺は、やはりサヤちゃんは頭がいいと恐れ入った。 「咲いた?」  問いかける彼女に、うん、と頷く。 「ごめん」 「……どういう意味の謝罪?」 「サヤちゃんがくれた最後のチャンスだったのに、俺は間違えた」  視線が下がる。視界の端で、サヤちゃんが苦しげに微笑むのが見えた。 「違うよ。こうちゃんだけの責任じゃない。私だってなにも言わなかった。花が咲いても咲かなくても、結果は同じだったよ」 「でも」 「私こそごめん。回りくどいことをした。こうちゃんを責めたかったわけじゃないのに」  「私たちは、恋をしたままだったね」とサヤちゃんが微笑む。 「水を、光を、栄養を与えて、恋を愛に育てなくちゃいけなかったのに。私たちは、愛を育てることを怠った」  賢くてきれいなサヤちゃん。そんな彼女と釣り合うには、互いに干渉しない、大人の恋愛が適切だと思っていた。そう言い訳をして、彼女との会話が減っていたのはいつからだろう。手を繋がなくなったのは。セックスをしなくなったのは。怖かった。だから俺は、プロポーズをしたのかもしれない。 「サヤちゃんは悪くない。サヤちゃんがくれた最後のチャンスを、活かせなかったのは俺だ」  初めて挑戦する園芸。相談することは山ほどあった。一緒にできることも。なのに俺は、サヤちゃんではない他の女性を選んだ。  俯く俺の頬を、小さな指先が包む。桜貝みたいな小さな爪が埋め込まれた手は、血が滲むほどに荒れている。揺れる視界で、サヤちゃんが淋しそうに笑った。 「こうちゃんが彼女に相談するだろうと思って、苗木を選んだの。悔しかった。だからって、こんな意地悪をしていいわけないのね」 「俺が悪い」 「違う。私たちが悪い」  愛を育てる努力を怠った、私たちが悪い。  虚しく響く言葉たちの真ん中で、まだら模様の椿が揺れる。もし、サヤちゃんと一緒に育てていたら、どんな色の椿が咲いただろう。目が覚めるような赤か。それとも、息を飲むような白か。もしかしたら、誰も目にしたこともないような七色の椿かもしれない。  それでも、今この瞬間、がらんどうに咲くまだら模様の椿が、とてもきれいだと思った。
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