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伊香多門(いかたもん)は30歳で、いわゆる子供部屋おじさんだ。 最近では30歳になっても独身で実家に住んでいる男性は「子供部屋おじさん」や「こどおじ」と呼ばれるらしい。 多門は伊香家の養子で長男である。 多門には弟と妹がいて、実父は多門が10歳の時に亡くなった。 父が亡くなると、それまで隠れて浮気をしていた実母は浮気相手との生活を望んだ。 ようするに、多門の実母は多門たち子供3人の育児を放棄したのである。 そして、近くある伊香医院の院長が多門たち3人の子供を養子にしてくれたのだ。 伊香医院の院長夫婦は子供ができない体質だったから。 多門は小学3年生の頃から街のゴミ拾いをしていた。 街の人達から「偉いね〜」と褒めてもらえて、お菓子とかもらえたので続けていたのだが。 そして、何より多門は凄く頭が良かったのだ。 伊香医院の院長は、そんな真面目で頭の良い多門を養子にして医者にして医院の跡継ぎにしようと考えた。 そして多門はちゃんと医者になり、伊香医院で働いている。 弟の加門(かもん)27歳も医者になり、同じく伊香医院で働いている。 妹の礼紋(れもん)25歳は血を見るのが怖いので医者や看護師になるのは無理だった。 なので、礼紋は弁護士と税理士になった。伊香医院の経理を担当して、もし医療訴訟とかあるとそれも対応できる。 今日は多門の30歳の誕生日。 伊香家では多門の誕生日パーティーが開かれた。 「多門、誕生日おめでとう。乾杯」 院長で義父である伊香一郎が乾杯の音頭をとった。 伊香一郎は63歳。先代の院長だった父親は亡くなっていて、母親も亡くなっている。 「多門、おめでとう。これからも伊香医院をよろしくね」と、義母である伊香さゆり。 「お義父さん、お義母さん、ありがとうございます。伊香医院のことは俺や弟、そして妹がちゃんとやりますので安心してください」 「おいおい、まるで私たちが引退するような感じだな」 苦笑いする伊香一郎。 「そうよ、多門。まだまだ私たちは元気なのよ」 「お義父さん、お義母さん、これは失礼しました」 頭を下げる多門。 「兄さん」 「ん?」 「誕生日おめでとう」 「うん、ありがとう」 「兄さんに恋人はいないのか?」 「どうした加門、いきなり」 「いや、実は結婚したい人がいるんだ」 「ほう、俺と結婚したい人がいるとはな。で、誰だ?」 「いや、違うって」 「ん?」 「俺に結婚したい人がいるんだよ」 「そうか、おめでとう」 「ありがとう、いや、そうじゃなくて」 「ん? 結婚しないのか?」 妹の礼紋が話に入った。 「多門兄さん、加門兄さんが言いたいのは、多門兄さんが先に結婚してくれたら加門兄さんも結婚しやすいってことよ」 「なるほど。しかし、そんな事は気にしなくて良いのに」 「いやいや、普通は気にするって」 「そうなのか?」 「そうよ。多門兄さんは頭は凄く良いけど、もう少し空気を読んでほしいよね」 「そうか、俺は本を読むのは得意だが空気はちょっとな」 「本当にそうよね。あ、誕生日おめでとう」 「ありがとう」 伊香一郎が右手を軽く上げて皆の話を止めた。 「加門」 「はい、お義父さん」 「結婚したい相手がいるとは初耳だぞ」 「すみません、お義父さん」 「いや、謝ることはない。おめでとう、加門」 「ありがとうございます」 「おめでとう、加門」 「ありがとうございます、お義母さん」 「おめでとう、加門兄さん」 「ありがとう、礼紋」 いつの間にか話題は多門の誕生日より加門の結婚話になっていたのだった。
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