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「凛々しく、そして美しい。《レティシアの黄金》と呼ばれるだけある」
その異名はアルフォンスの故国レティシア、カイン王のグロムアスばかりでなく大陸中に広まっていた。
夜風に揺れて輝く黄金色のこの髪が名の由来だ。
遠征や訓練に多忙を極め、髪にハサミを入れたのは二月ほど前になろうか。襟足が首筋で遊んでいた。
白皙の美貌。
深く澄んだ翡翠色の双眸は、今はこみあげる怒りを必死で押さえるように強い輝きを放っている。
白い衣装と黄金の胸当てを考慮しなくても、戦場のどこにいても目立つ存在に違いない。
そう。この寒夜。
宵の迫る戦場の宿営地。
この天幕の中だけ、太陽が降臨したようだと表現すれば大袈裟であろうか。
だが洋灯の明かりにきらめく黄金の髪の持ち主は、不機嫌を隠すことに必死な様子であった。
「怒らないで、アルフォンス殿下。あなたはまだ十九歳でしたね。しかも意外なことに武闘派で通っている。剣の達人でいらっしゃるとか」
至近距離と呼べるほど近くから低い声が降り注ぐ。
カイン王の声は柔らかく、ともすれば優しさすら感じさせるものだ。
再び伸びる手。
アルフォンスの顎を捕らえたそれは、今度は有無を言わせぬ力であった。
迫る黒曜石の眼に映る自分が、ひどく怯えた表情をしていると気付いた瞬間、唇にあたたかな吐息が触れる。
次いで圧し当てられる柔らかな感触。
「んっ……」
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