魔王城がふわふわのパンケーキな件

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魔王城がふわふわのパンケーキな件

魔王城がおかしい。 というかお菓子だ。 どう見てもパンケーキだった。何重にも積まれたふわふわの生地は美味しそうな狐色をしている。近付けば香ばしい匂いが漂い食欲を刺激された。空を仰げば上階はとろとろの生クリームで白く彩られている。 「これが魔王城?何かの間違いだろ」 「座標はここで合っていますし、幻覚というわけでもなさそうです」 独り言めいた俺の言葉に隣の賢者が即答したものの、彼もまた不思議そうにしていた。まだ幻であって欲しかった。 正真正銘これは本物のパンケーキだと判明したところでどうしろと?パンケーキで作られた魔王城なのか、魔王城がパンケーキに変化したのか。何にせよ異常事態だ。 きっと皆、何が何だかわからない。気色の悪い魔物達を倒しながら苦労して辿り着いた先に、こんな御伽噺から飛び出たようなメルヘンチックな建造物があるなんて想像していなかった。 「どうやって中に入る?扉もなければ窓もないぞ」 「壊すにしても、こんなに滑らかな表面だと美しくて傷付け難いですね」 パーティで最年長の騎士団長は困り果てていたが、最年少の治癒士は見蕩れたような顔をしている。 童話じみた光景を前に、どうやら俺達はパンケーキの塔の攻略法について議論する必要があるようだ。 四人して顔を見合わせるなり苦笑いを浮かべる。 真面目に話し合えるわけない。 だってパンケーキだもの。 「食べてみるか」 「やめてください。傑作なんですから」 隠し切れない好奇心を反映した俺の意見に対し、即座に言い返したのは聞き慣れない声だった。耳を擽るような甘い声に振り向けば、歩いて来た道の真ん中に小さな女の子が立っている。シフォンのような水色のドレスを纏った少女は可愛らしくお辞儀をした。 「ようこそ魔王城へ。勇者様御一行ですよね?ずうっとお待ちしておりました。わたしが魔王です」 可憐な少女は顔を上げると、金糸のような髪を耳にかけながら微笑む。赤から緑へ、緑から青へと色の定まらない虹の瞳が怪しくも美しく輝いていた。 「いやいや冗談だろ?きっとパンケーキも何かの間違いか誰かの悪戯だよな?」 「魔族の頂点に立つ魔王がこんなに可愛いわけがありませんよね」 「お前ら本気にするなよ。きっと子供のごっこ遊びだろう。可愛いもんだ」 「まあまあ、計測すればわかることです」 この子が魔王なんてもちろん信じられる筈もない。 俺と治癒士と騎士団長が笑いながら否定する横で賢者は冷静に魔力測定器(スカウター)を顕現させた。 女の子に向け起動して間もなく、高価な機器は無惨にも爆発した。唖然とする俺達。至近距離で食らった賢者の眼鏡は割れていた。吹っ飛んだ測定器の破片が虚しく地面に転がる。 「まさか、本当に魔王?」 「はい。わたしは前魔王サーチアンドデストロイの娘であり新たなる魔王トリックアンドトリートです。信じられないなら配下の魔獣四天王も召喚してみせましょうか」 灰紫となった眼を細めて、愉快そうに言ってのけた少女が指を鳴らす。華奢な体躯の左右に黒赤白青の四つの魔法陣が一瞬にして展開された。 「先ずは白き侵食ソフトアンドホワイト」 左手側の白い魔法陣が光る。 直径一メートルくらいの毛玉が現れた。真っ白でふわふわした有様はさながら綿あめ。中央の黒々とした裂け目は口だった。 「面倒だからってS&Wとか略すなよ」 ソフトアンドホワイトは渋い低音で意味がわからない発言をした。 「二匹目は赤き摩擦パイアンドタルト」 右手側の赤い魔法陣が起動。 車輪のように立つ巨大苺タルトのような円盤が召喚され、背からパイ生地みたいな薄い翼を生やしてぱさぱさと広げた。サイズは一体目と同じくらい。真っ赤な表面に小粒の種みたいな無数の黒目が開いて俺達を睨む。 「こっち見ないでください」 パイアンドタルトは甲高い声で吐き捨てると羽根で顔というか前面を隠した。何なんだこいつ。 「三匹目は黒き塵芥スパイスアンドシュガー」 右端の黒い魔法陣が作動。 砂嵐のような音を伴って顕現したのは灰色の粒子の集合体だった。渦巻く流砂は人型の素体みたいなすべすべした外観に纏まる。 「……」 スパイスアンドシュガーは無口らしい。眺めていると二メートル近くある長身を恥じらうようにくねくねさせていた。 「最後は青き抱擁クリームアンドソーダー」 左端の青い魔法陣が発光。 成人男性が余裕で入りそうな無色透明のグラスに、溢れんばかりに詰められた中身は青緑色をしていた。もこもことした泡沫の如き不定形の異形は紙ストローにも似た細い筒を一本外へ伸ばす。穴の空いた先端から液体混じりの声が出る。 「吾空腹ナリ。肉ヲ喰ワセロ」 合成音声の響きと共に内部で気泡が弾け、クリームアンドソーダーの一部が器から零れた。雫が落ちた先では草花が腐ったように溶ける。あれが肉をどうやって食べるのか想像できてしまった。 「本当は色々お外のお話を聞きたいところですが、敵を見たら必ず殺せというのが家訓なので……皆様には死んで頂きます」 魔王を名乗る少女は目を閉じて、どこか残念そうに宣告した。幼い主人を守るように囲む四体の異形から敵意と警戒心を乗せた魔力が溢れる。 「やばい!構えろ」 予想外の展開に飲まれてつい敵が出揃うまで見守ってしまった。今まで相対してきた魔物とは異なる造形のわけのわからない魔獣四天王に対抗すべく俺達は武器を構える。呪文を唱え始めた賢者を背に庇いつつ、俺はとりあえず白いもふもふに刃を向けた。 しかし四体は動かない。寧ろ後退していた。 代わりに女の子が歩を進める。その手に武器らしき物はなく、散歩するような足取りは軽やかだ。菫色の眼差しが俺達を見据える。 「彼等は何もしませんよ。皆様が魔王と信じてくれないから召喚してみせただけですし、特別なお客様なら主人であるわたしがお相手すべきでしょう?」 「え?君が戦うのか?」 尋ねれば足を止め、儚げな顔を見せた。 魔力も戦意も感じさせない少女の姿にどうにもやる気が削がれる。言い難そうにしていたが、やがて目を伏せつつ唇を開いた。 「まあ、そうなりますが……わたし喧嘩とか戦争とか可愛くないもの嫌いなんです」 「それならやめましょうよ。こちらも女の子相手に乱暴したくありません」 儚げな少女に治癒士も声を掛ける。 賢者は油断なく詠唱を続けていたが、途中から攻撃魔法から拘束術式へ切り替えていた。 「そうもいきません。半人前が魔王として認められるには勇者殺しの実績が必要なので……皆様にはせめて安らかな眠りを贈らせて頂きます」 七色渦巻く幻想的な瞳が収束、鮮やかな紅を映す。 にこりと微笑んで甘ったるい声で口遊む。 「歌わせて――真紅禁句(タブーレッド)――」 次の瞬間、真っ赤な板チョコが賢者の舌の上に出現した。突如として現れた板状の菓子に口腔内を犯され、賢者は仰け反って転倒する。外側にはみ出したルビーチョコレートが甘く香った。 「詠唱封じ?大丈夫ですか賢者様」 「不味いな。いや美味そうだけど」 「こうなったら仕方ない。やるぞ」 治癒士が賢者に駆け寄り、俺と騎士団長は前へ。 気は進まないが少女の方へ剣先を移す。 踏み込もうとして気付く。女の子は虹の眼を閉じて、祈るように胸の前で手を組んでいる。天使の像にも見える純真な可憐さだった。攻撃を加えることを躊躇している間に勇敢にも騎士団長が先に仕掛けに行く。 桜色の唇が歪む。
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