魔王城がふわふわのパンケーキな件

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「纏わせて――蒼空素裸(ヌーディブルー)――」 ぱらぱらと青い雨が降り注ぐ。 咄嗟に張った結界で治癒士と賢者も被害を免れたが、少女に接近していた騎士団長だけ助からなかった。 「ッ!」 刹那の悲劇である。 爽やかな蒼色の雨水を浴びた騎士団長は、勇ましく剣を振り上げた姿勢のまま素っ裸になった。鎧も中の服も下着までもが瞬く間に霧散して筋肉質な体が露わになる。 騎士団長は違和感を覚えて静止。 「……」 周囲は反応に困ったような沈黙。 唐突に全裸にされた騎士団長は呆然としてその場に佇む。否、よく見たら靴下だけ無事だった。しかしこれは幸いなのか?個人的には靴下だけ取り残されているのが逆に痛ましく感じるのだが。 「落ち着いてください団長!何ら恥じることのない素敵な筋肉です。同性から見ても魅力的ですよ」 「何言ってんだ。お前が落ち着け」 俺は治癒士を窘める。近くにいれば叩いていた。 術者本人はと言えば澄んだ蒼い眼を見開き固まっている。しだいに色白な頬が桃色に染まっていく。少女は花の蕾のような唇を僅かに震わせていたが、騎士団長の素肌から目線を離すついでのように頭を下げた。 「すみません、下着まで武装に含まれるとは思いませんでした……えっと、逞しくて勇ましいお姿だと思いますよ?」 験担ぎの勝負下着は武装に含まれてしまったらしい。 にしても気遣いのつもりだろうが団長の肉体美を褒める流れみたいにしないでくれ。ほぼ全裸の大将がこちらを振り返る。一瞥してすぐ俺は目を逸らした。 「ノーコメントで。団長の第二の大剣がご立派に奮い立っている気がするけど見てないので知りません」 「……くっ、殺せ!誰でもいいから殺してくれ」 己の状態異常を察した騎士団長は剣を落として局部を隠すように崩れ落ちる。貴族出身の彼が幼気な少女の前でほぼ全裸を晒す屈辱と羞恥は計り知れないだろう。しかし、だからこそ逆に興奮してしまったのだろうか。戦意を失っていない団長の膨張は、俺にはどうしようもないので気付かない振りを続けるしかない。 本来なら戦闘中に武装解除された仲間を今すぐ助けに行くべきだが、敵である自称魔王といえば可哀想な有様だった。赤面した顔を一度は上げたものの視界に裸体を入れたくないのか美姫の容貌をすっかり両手で隠してしまっている。膠着した状況で騎士団長の一部だけが硬直し盛り上がっていた。 「アレどうすればいい?」 「必要なら媚薬も作りますので、爆弾処理頑張ってください」 ちらりと背後を振り返って尋ねれば混乱した治癒士はとんでもない答えを発した。爆弾って何だよ危険物扱いか。聞こえなかったことにして賢者に助言を求めようとしたが、彼は困り果てた顔でまだ板チョコを咥えている。 「……」 「まだ外れてなかったのか」 「状態異常を治す薬も呪詛解除の魔法も無効化されるのでお手上げですよ」 「チョコレートなんだから食べればいいんじゃね?」 「他に方法は思いつきませんしね」 「……」 甘い物が苦手と語っていた賢者はルビーチョコレートを渋々食べ始める。口の中いっぱいに入っているので咀嚼し難いようだが、意外にも美味いのか悪くない表情を浮かべていた。 「ちょっと味見させてください」 治癒士は外に出ていた部分をぱきりと折って、自分の口に板チョコの欠片を放り込む。頬を弛めて目を輝かせていた。そしておかわりに突入、なんとも羨ましい。ルビー色の甘いお菓子に興味も唾液も湧いたけど、流石に俺にもくれとは言えないので飲み下した。 「やれやれ見てらんないぜ」 放置されている間も全身全霊で恥じらい続けていた騎士団長にふわりと白い布が掛けられる。薄い毛布に包まれた騎士団長が顔を上げると、いつの間にか少女の傍らに現れたソフトアンドホワイトがふさふさの腕を伸ばしていた。 「すまない、恩に着る」 「勘違いするな。姫様の情操教育に悪いから隠しただけだ」 一方、大変なものを至近距離で目の当たりにした少女は、目の色を忙しなく変えながら未だに頬を朱に染めていた。長身のスパイスアンドシュガーも背後に立ち心配そうに覗き込んでいる。 「ドウスル?中断シヨウカ?」 「仕切り直した方がいいでしょうね」 不可解な足音を立てながらクリームアンドソーダーとパイアンドタルトも緩慢に女の子へ近寄る。 「ああもう……みんなゴメンね。張り切って召喚したのにこんな失態を晒してしまうなんて」 「人間の実物は初めてだし、あんなの絵本には描かれてないもんな。動揺するのも仕方ないさ」 瞳に桃色をちらつかせながら少女が魔獣四天王に謝る。ソフトアンドホワイトの言葉に他の三体も頷く。 自分自身をあんなの呼ばわりされた騎士団長が複雑な表情でこちらを振り返った。人見知りの賢者と魔物嫌いの治癒士が黙って俺を見つめる。仕方ない。 「あの、えっと……お取り込み中に悪いんだが、闘う気がないなら君達の事情を説明してくれないか?」 刺激しないよう努めてゆっくりと歩み寄りながら話し掛ける。魔獣四天王とやらは間近で観察すると更に不気味な外観だった。異形達の視線が俺に集う。個性的な異貌のせいで彼等が何を考えてるのか全く想像がつかない。特にスパイスアンドシュガーとクリームアンドソーダー。目や口がない奴は何とも読み辛く語り難い。 察したみたいに少女が微笑む。 「ええ、もちろん。その前に話し難いでしょうし、みんなの変化を解きますね。高位の魔物や人間達に舐められないように姿を弄っていたんです」 白くほっそりとした腕を掲げて指を鳴らす。 「真実を映して――鉛白煙幕(ホワイトスモーク)――」 真っ白な霧が四天王を包む。 三秒くらいで晴れた後には四匹の魔獣がちんまりと座っていた。背後から治癒士の感嘆の声が聞こえる。異貌のもの達はゆるゆるとした可愛らしい姿になっていた。 ソフトアンドホワイトは白い狼。 パイアンドタルトは赤毛の狐。 スパイスアンドシュガーは黒い兎。 クリームアンドソーダーは青毛の狸。 寒い地方だからか皆やや体毛が長めで、無意識に触れたくなる程もふもふしている。少女は優しげな視線を魔獣達に注いで微笑んだ。 「改めて紹介させて頂きますね」 「いや自分で言う。我はブランカ。人族とよろしくする気はない。触れたら噛み殺す、以上」 女の子の足に尾を絡ませながら白い魔狼は自己紹介しつつ威嚇してきた。唖然とする俺達。ぷいっと狼が顔を逸らした上では可愛らしい微笑が固まっていた。 赤毛の妖狐が笑い声を漏らす。 「すみませんね皆さん。過保護な姉様が失礼致しました。私はロハーダと申します。隣の無口な弟はネグロス」 ロハーダに紹介されて黒の魔獣はぺこりと頭を下げる。もしかして兎だから喋れないのか。 青毛の化け狸がとことこ歩いて俺の前にやって来た。尻尾を振りながら尖った牙の並んだ口をぱかりと開く。齧る気じゃないよなと警戒する俺を見透かしたように嗤う。 「僕はアスモラード。さっきまでの全部嘘やから安心してええよ。人を食っても肉は喰えへん」 「カタコトだと思ったら随分お達者に喋るんだな」 手を叩く音が二度響いた。 「燥ぐのはそこまで。お客様達とお話するから、みんなはその辺で遊びながら待っていてちょうだい」 四匹の魔獣達に命じてから少女は俺達に視線を向ける。片手は少し離れた先にある小さな家を示していた。 「ここは寒いので暖かい場所でお話しましょう?風邪をひいてしまいそうな方もいることですしね」 タイミングよく騎士団長がくしゃみをする。 「お言葉に甘えさせてもらうよ」 俺達四人はてくてく歩く少女の背を追いかける。 軽快な足取りに合わせて金色の髪が揺れていた。 ひらひらとシフォンのドレスも柔く踊っている。 「そういえば君のことは何て呼べばいい?」 「わたしはトリックアンドトリート。長くて呼びにくいのならこう呼んでください」 何気なく尋ねた俺を振り返って少女は答える。 定まらない虹色の瞳が綺麗だった。 「イリス。お母様にはそう呼ばれておりました」
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