少女はおかしな独壇場で獣を愛でる

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少女はおかしな独壇場で獣を愛でる

砂糖が空を舞っている。 辺りには甘い香りが散っていた。暗黒のドレスを纏う少女は悪戯に色を変えながら虚空に刻んだ魔法陣を作っては消し、また描き直すのを繰り返している。気に入った体を得た番外の獣にも、イリスは可笑しくお菓子な化け物の玩具を贈ろうとしているのだ。決め兼ねているのはイメージする対象が無色だから。色のない異質な(ガト)は黒曜石のような瞳で妹の戯れを愉快そうに眺めていた。 ちなみに我の時は簡単だったらしい。丸まって眠る姿が白い綿飴みたいで、即断即決でソフトアンドホワイトにしたとか。 「名前から決めようと考えたのだけど、ラブアンドピースとラックアンドピニオンなら何方がいいかしら?」 「何だよその酷い二択は。どっちも無し」 イリスの奇妙な思いつきに、猫憑きの男がグラスを置いてくすくすと笑う。気紛れに作ってみたというガレット・デ・ロワのテーブルはちょっと表面が凸凹していた。少女の前に置かれたココアも、青年が飲んでる途中のクリームソーダも水面が微妙に傾いでいる。 「父親譲りのネーミングセンスはいい加減どうにかならないのかな?ねえ、ブランカ?」 少女の隣に座る我に青年が視線と言葉を投げかける。最近は見慣れてきた化け猫の憑依体の髪色を見やって、苺タルトを食べ終えた我は提案した。 「ガトーアンドショコラ。それでよかろう、ガト?」 「なるほど、ガトだからガトーアンドショコラなのね。そうしましょう兄様」 「……ま、ラブアンドピースよりはマシか」 先代魔王サーチアンドデストロイとの間に子を生した人間の女性はカルメラという名の占星術師だ。どんな数奇な業を背負っていたのか、星詠みの女は外宇宙(異世界)の記憶と憑き物を引き継いでいたという。結果的に産まれた赤子は異様な力を異常な程に宿していたので、物心つくまでは二つに分離するしかなかった。人の形をした肉塊と、形も色もない魂とでも言うべき霊体と。それぞれに別々の精神が生じるなんてのは両親にも想定外だったようで統合後には育成方針で揉めたそうだ。我もその頃は幼かったので詳細は知らないが、兄妹同然に育ったので種族は違えど歪な双子には愛着がある。 「ねえ、イリス?前から思ってはいたけど態々お共達にヘンテコな役名つける必要ある?」 「……我らが名付けられた時は面白がっていた癖に」 他人事でなくなった途端に指摘したガトに、我は責めるような視線を向けておく。 イリスは悪戯っぽく微笑んだ。ちらりと辺り一面に広がる魔物達の残骸に目を移して毒林檎の如く艶めいた唇を開く。 「わたしだけトリックアンドトリートなんて長くておかしな名前で通るのが恥ずかしいんだもの。その名で呼ぶ魔族共を鏖殺するまでは、みんなにも同じ羞恥心を味わってもらおうかと思って」 イリスは甘い声で喋りながら我の頭を撫でる。 柔らかな手のひらの感触が心地好い。 「お前好みに人間(おそろい)の見た目をした器を調達してやったのに、それだけじゃ足りないなんて我儘な奴だな」 「妹は兄様に甘えるものでしょう?」 突然、ガトの後方で屍の山に潜んでいた伏兵が飛び出した。イリスの頭上に扉程ある巨大なチョコレートが瞬時に生成され高速で射出される。茶褐色の板は悪魔族の兵の首をいとも簡単に刎ねた。元からあった血の海に頭部が湿った音と共に落ちる。余りにも素早く切断されたので踏み込む勢いのまま血を噴く首なし死体は前傾。赤黒い血飛沫に濡れるのをガトは背から引き抜いた朱色の傘を広げて防いでいた。 上空から少女を急襲した翼を持つ魔物は、我が尾の先端で貫く寸前にガトの投げた短槍が刺さって墜落。二人の主人は魔物も人間も自分達だけで片付けてしまう。またしてもお役に立てなかった我はちょっとばかし落ち込んだ。 「我の方が歳上なのだし、もっと二人とも甘えてくれればいいのに。戦闘だって少しは任せてほしいものだ。ガトもイリスも何故、我らを戦わせてくれないのか。実力的に出る幕がないのは理解しているが、頼りにされないのも寂しいのだぞ」 態とらしくしゅんとしてみせると二人は困ったように顔を見合せていた。 「えーっと……ほら、同族殺しって後味が悪いだろ?人間はオレが」 「魔物はわたしが相手をするのが最小限のストレスで済むでしょう?」 焦ったイリスはどうにか茶を濁そうと想ったのだろう。意図せず少女の甘い魔力が世界を侵して、魔物の死体に大量の抹茶パウダーが振り撒かれた。たまに魔法が迷走する姫君が可愛らしく面白いのだ。誰ともなく笑い出していた。 「にしても、愛想を解さない魔族が相手なら遠慮も演出も要らないから楽ですね」 「人間相手でも別に必要ないだろ。小芝居打つの面倒臭くないか?どうせすぐ死ぬ雑魚なんだし、出逢って秒で殺してあげればいいのに」 ガトは人の貌で嗤って言った。 イリスはココアの残りを飲み下してから口を開いた。 「彼らは短命で脆弱ですから手加減(甘やか)してあげないと可哀想ですよ。それに人というモノは寝ても醒めても夢と共にある儚い存在。魔王城(ゴール)に辿り着くまでの短い合間にも、ささやかな物語を積み重ねて来るものです。終幕を飾り立てる節介(接待)くらい、してあげてもいいでしょう?」 イリスは優しげに微笑む。 名付けや自作モンスターと同様、その介入の仕方もどこか狂ったセンスをしているのは自覚していないのだろう。向かい側ではガトも呆れたような表情をしながら、何とも応え難いのかクリームソーダを黙って飲み干していた。 「……そういえばイリス、アレはあのままでいいのか?見たところ高位の魔族だろう?」 我は左横に鼻先を向ける。 倒壊した屋敷を背景に、筋骨隆々とした屈強な悪魔族が巨大な琥珀糖に閉じ込められて放置されていた。 「アレは兄様のデザートみたい」 「そうそう。アイツには個人的に用があるんで捕獲しておいたワケ」 飄々と言ってガトはゆっくりと席を立つ。 「ふむ、例の悪魔公爵(デーモンロード)か」 おそらくアレこそがイリスの嫁ぎ先として先代魔王が指定した公爵級の魔族なのだろう。態々二人が他所の領土に出向いた理由がわかった。我を足替わりにするなら先に言っておいて欲しいものだが。何が愉快な遠足だ。確かにピクニックはしていたけども。 「イリスとビアンカは先に帰っててよ。暫くかかりそうだからさ。二人分、いや三人分かな?じっくり悪戯を楽しませて貰わないといけないからね」 気怠げにみせて緩慢に歩み寄っていく。 心も体も念入りに壊して殺すつもりなのだろう。 「では、わたし達は帰りましょうか」 「そうだな。道は任せた」 我は体を膨張させて少女を背に乗せる。 「道引()いて――虹夢浮橋(レインボーブリッジ)」 イリスの魔法で空に七色の砂糖菓子で作られた足場ができた。弓状に伸びる架け橋を主人を乗せた我は疾駆する。途中、縄張りを荒らされると思ったのか十数匹の飛竜が襲って来た。我が爪で切り裂く前に少女が詠う。 「患わせて――恋藍疾苦(インディゴシック)――」 濃藍の光が迸った。 魅了の効果が飛竜達を苛み、愛苦しさに病んだ魔物達は混乱し互いに争い始める。竜種は魔法耐性も強いのだが、少女の干渉能力が上回った。人間相手には敢えて真逆の指示式を付与することで効果を軽減しているが、本来イリスは並外れた魔法使いなのだ。力量を身近にいて識っているからこそ我の口からは溜息が零れ落ちる。 「やはり我は戦いでは役に立たないな」 「戦ったりしなくていいのよ。あなた達は日常的に癒しをくれてるのだから。何でもない日々を共に過ごしてくれるだけでわたし達は幸せなの。どうかわかってちょうだい」 少女の小さな手が我の背を撫でる。 不意にぽすりと顔を埋めてきた。 「愛玩動物(あなた達)はいつも先に逝ってしまうから、今生くらいは御主人様(わたし達)より長生きして欲しいのよ」 甘い吐息と温もりを感じながら虹の橋を駆け抜ける。 可笑しくお菓子な我らの楽園を目指して。
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