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――俺は強い。何者にも勝る、知力、魔力、体力、そして筋力。
王座で片膝を立てながら、俺は思わず大きなため息をついた。
大きな角と黒のマントと大きな黒い剣は必須アイテム。
自分でいうのも恥ずかしくなるが、俺はいわゆる”魔王”という存在だ。
そして俺には呪いがかかっている。
その呪いの名前は「冥界の死の呪い」というらしく、勇者の剣でしか死なないというものらしい。
必要な魔王であるための条件はすべて満たし、後は伝説の勇者とやらに倒されるのを待つのみ。
勇者は最強のパーティーで俺に挑み、苦戦しながらもなんとか逆転の後、討伐達成。
大団円で、その後は定番設定で祖国のお姫様と結婚だろうか。
この場合、仲間パーティーの誰かでもいいだろう。
勇者伝説とは、基本的にそうでなければならない。
名だたる勇者伝説の本を読みながら、俺はいまかいまかと勇者を待ちわびていた。
だが、あいつ――俺の世界に現れた「伝説の勇者」は、想像を遥かに超えていた。
俺の元に届いた「勇者の資料」を読みふける。
資料によればアイツ、いや勇者は最初の村から出ようとするも、村の崖から落ちたそうだ。
次に崖は危ないからと、村にある川に入って村から出ようとするも、流されかける。
さらには一度抜いた聖剣をなくして、村中大騒ぎの事件まで引き起こしている。
臣下の資料では「微細な事件は省きました」とある。
――なんだ、それは。俺としては聖剣なくすだけで、すでにお腹いっぱいだ。
そもそも、村の出入り口からでれないんか?
勇者が決定してから早くも1か月も経過しているが、いまだ勇者は最初の村から出てすらいなかった。
勇ましく仲間に入った者も、最初の1週間で見限って結局は勇者一人になってしまったようだ。
かくして、勇者に倒されなければならない役目の俺(魔王)は、頭を抱える事態となった。
勇者、お前……違う、違うぞ。
その意味で伝説になってどうする。
勇者の資料を置き、心の奥底でツッコむ。
「魔王様……」
「ああ、大丈夫だ」
部下相手の余裕の表情は崩さない。
というより、こんな無能に倒されたくないな、って気持ちすら沸いてきている。
「ご安心を魔王様のお力は素晴らしいですわ……。迅速にかつ大きな範囲で、その存在を知らしめる事ができたのですから」
――うん、知ってる。
魔王にふさわしくなるように、めちゃくちゃ頑張ったから。
魔王なのにスライムから倒し始めたから。俺も意味わかんないと思う。
玉座に座る俺の周りにいる臣下たちはうっとりとした表情で、俺を見てくる。
臣下の言葉どおり、俺は確かにモンスターを各地に放った。
設定どおり魔王らしく、きちんと人々を苦しめなければならないからだ。
しかし、魔王だから心も悪なのだろうと決めつけてもらっては困る。
最終的な目的は”魔王が勇者に倒される事”だ。
つまり、悪いことをそこそこやればいいだけで、人間をやたらに殺す必要はない。
そこに気づいた俺はモンスターを解き放った場所を限定した。
場所は洞窟や塔など、そもそも村人が行くことがない場所。
とにかく侵入者は極力殺さず、脅しながら、塔から追い出すことを優先。
何より各所のボスは見た目がヤバいやつばかりを揃えた。
狙いは当たり、そのモンスターたちの見た目の恐怖により噂の尾ひれがつきまくって、ダンジョンに潜る変態などめったには表れない。
まあそれでも、数か月に一回は「ヤバいダンジョン入ったった」という輩が存在するのはいうまでもないが。
そんな噂流布したがる輩がいつの時代も一定層いるもんだ。
人々は願った。
――ああ、私たちを苦しませる魔王を倒してくれる勇者を、と。
どの面さげて、それをいうのか?という全力ツッコミもしたいし、重ねていうが、俺はいうほど人々を苦しめてはいない。
そんなこんなで聖剣の出番だ。
ふさわしき者にこそ、唯一抜ける、神が造ったとされる破壊されることが無い聖剣。
――まさか、破壊うんぬんより前に聖剣無くされるとは思わなかったが。
勇者が現れた後、俺はふんぞりかえって魔王城で臣下たちと勇者の到着を待つばかりとなった。
しかし、しかだ。
「どうしてこうなった……」
臣下たちを追い出した後、玉座で一人、今後について考える必要があった。
「あいつ、俺を倒せるのか……?」
いや、そもそも悪魔城にすらたどり着けるのだろうか。
仲間もいなくなったんだから、たった一人で?
「なんでそんなやつが聖剣を……?」
倒されなければ、物語は終わらない……。
いや、それをいわれると、倒されれば俺自体は終わるんだが。
まあ、それは宿命だから仕方がないだろうな。
結局のところ、「勇者を手助けする強力なヤツ」がいないと、このお話が進まないという事か。
臣下のリストをめくる。
メデューサにインキュバスやサキュバス、オーク、キメラにドラゴン。
魔王臣下のラインナップは素晴らしい。
素晴らしすぎて全部倒すのは無理だろうな、うん。それも一人じゃなあ……。
ちょっと張り切りすぎちゃったかな……?
あの時のラインナップを決めた俺を止めたいと、今ほど思ったことはない。しかし、後悔先に立たずだ。
俺はさらにため息をついた。
できないとなれば……他に何の手が打てるだろうか。
考えられるのはたった一つ。
――俺か。
俺なのか。
よくわかった、いや、わかりたくは無かったが。
「勇者が俺を殺すのを、手伝ってくれないか?」と臣下にいう訳にもいかない。
かくして俺はこっそり人間に変装し、ひとまず勇者の元へと赴くことにした。
山奥の奥のさらに奥に行ったふもとにある、小さな村。
勇者もよくある平凡な民家に住んでいるらしい。
山小屋、というよりかはなんぼか見た目マシだが、とてもいい暮らしだとはいえない。
「勇者に会いたいんですが」
報告書にあった、民家の扉を控え目に叩く。
するとしばらくして、出てきたのはとても優しそうな母親だった。
銀色に束ねた髪の毛、さらに少し年を重ねているが、素晴らしく整った顔立ち。
ドアの隙間から見える深い緑の瞳は、あの珍しい宝石エメラルドにも勝る色合いだった。
なるほど、これも事前にみた臣下の資料通りだ。
「あの……どちら様でしょうか」
遠慮がちに小さくいわれたその声で俺が名乗ろうとすると、母親の後ろに背の少し高い少年が現れた。
銀色の少し長めの髪がなびいた。
細身で中世的だが、凛としたこちらも強い瞳をしている。
母よりも更に光り輝くエメラルド色の輝きが更に光を帯び、俺と目があった。
着ている服がやや貧相なのが惜しいところで、
身なりをきちんと整えればまさに伝説にふさわしい美少年だ。
伝説がはじまった気がする。
おい、見た目で選んだんじゃないだろうな、聖剣……!
黙り込んだ俺をじっくりと眺めながら、勇者は首を傾げた。
「ええと、何かご用でしょうか」
「魔王討伐の件で話がある」
玄関先でのやり取りで長話をするのも、と俺は本題から入ることにした。
勇者とその母親は顔をしばらく見合わせたが、頷いた。
俺の今の恰好は、至って普通の青年。長髪な黒髪をひとつに束ね、そこそこの筋肉を隠すようにマントを羽織る。
腰に簡単な剣と短剣こそ身に着けているが見た目では魔王だとは絶対に思わない筈だ。
家に招き入れられ、温かい紅茶を入れてくれた。
一口飲んだが、毒もなさそうだ。
……まあ、あっても俺には効かないんだが。
「なぜ魔王を倒しに行かないんだ?お前」
早々に俺は切り出した。
「すみません、行きたかったのですが……その、村から出ることができなくて」
「それはどういう意味で?」
切り出す俺に勇者は淡々と語った。
「本当に村から、出れないんです。僕が村の門から出ようとすると自宅に戻ってしまうんです。だから、川からいったこともあります。結局そのまま流されましたが。」
「流された、ねぇ。随分と間抜けだな」
「言葉もありませんが……本当なんです、信じてもらえないかもしれませんが。でも川からいった時も妙でした。橋が壊されてたから、そのまま潜って渡ろうとしたんです。最初は浅かったんですが、それが段々とうねるように水位が上がって、流されながら村に押し戻されてしまったんです」
「橋が、壊されてた?」
俺は思わず身を乗り出した。妙に引っかかる。臣下の資料に見落としがあったのか?いや、どうだろう。
「あとは、崖から落とされたりが続いて」
「落とされた?落ちた、では無く?」
俺の疑問に応えるように勇者はゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「はい、落とされたんです。崖の道を歩いていると魔法のようなものが僕の近くに飛ばされてきて……、足元の岩を崩されたんです」
「よく生きてたな……」
「はい、神のご加護です」
しっかりと聖剣を両手に抱えていた。
――ん?聖剣はなくした、といってなかったか?
すると俺の声が聞こえたかのように勇者がいった。
「何かあると僕の元へとこの聖剣が戻ってくるのです」
なるほど、えらく便利な機能付きだな。
「聖剣をみせてもらいたい」
俺がついつい、つぶやくとテーブルの脇にある剣を机の上に置いた。
なかなか素直な勇者だな。
俺に剣をへし折られる、とか思わないのだろうか。
いや、心が汚れていたら勇者にはなれないのかもしれない
まてよ……そもそも聖剣は折れないから、杞憂か。
眺めると細い剣だが女神の像がついている。
刀身にも文字が浮かび上がり、勇者の声に呼応するかのように輝きを増した。
すんでのところで自分が死なないのは、唯一無二の神の加護があるからという事だった。
「なくした、と聞いていたが?」
「いいえ。隠されました……」
「誰に?」
「それは、その……いえません」
妙な雰囲気の勇者に押されて、気にはなるが仕方がない。
「仲間といると、僕は助かっても、きっとたくさんの仲間が死んでしまいます。それが嫌で一人で出ようと思ってたのに……」
「ほう……?」
事実なら、確かに妙だ。
資料とかなり食い違ってる。
「でもよく崖から行こうと思ったな。いくらなんでも危ないだろうに」
「僕は多少のことがあっても死なない、ということならば。あえて崖の道を行こうかと」
いや、加護ってそういう使い方をするものか?
才能(加護)の無駄遣いというのは、このことだろうか。初めて聞いたわ。
「でない、んじゃなくて出られない、か。」
俺は頷いた。それが本当なら、誰かが勇者の邪魔をしていることになる。
一体、だれが?真っ先に思い浮かぶのは、資料の件から考えるに俺の臣下だ。
「魔王を倒したい、という気持ちはあるんです」
消え入るような声で勇者はつぶやいた。
今にも泣きだしそうだ、演技には見えない。俺は何度目かもわからないため息をついた。
頭の裏にある考えが浮かんだ。
俺は勇者にしか倒すことができないから、聖剣を突き刺されはしない限りは――死なない「冥界の死の呪い」がある。
勇者はそもそも死ぬことができない「神の加護」がある。
ということは俺は、勇者を殺すことができないんだな。
これなら……確かにいけるかもしれない。
一人頷いた俺は、勇者を見やった。
「とりあえず、その聖剣で俺を斬ってみてくれないか?」
「はぁっ!?」
俺の提案に勇者は素っ頓狂な声を上げた。
「何を考えてるんですか!そんなできるわけありませんよ!!」
全力で拒否された。
それはそうか、ちょっとどうなるのか試してみたかったんだがなあ……。
「剣の腕が見たいから、外で剣を振ってみてくれないか」
「ああ、そういうことですか。驚きましたよ……」
屋外で勇者の剣がみたが太刀筋も悪くなく、鍛えればかなり強くなるだろう。
もっとも大事なのが……
俺は無言で持っていた小剣を勇者に向かって放り投げた。
キィィイイン!という音と共に、振り向きざまの勇者に弾かれる。
「なんですか、突然!危ないじゃないですか」
「悪いな。これが一番大事な能力なんだ」
いわゆるカン、というヤツだ。死角に入った攻撃も避ける能力。
適応力と対応力もある。素質は十分ということだ。
「まあ、お前の実力はわかった。誰がそんな邪魔をしているのか気になるし、俺はお前の仲間になってやるよ」
「え?でも」
「挨拶がまだだったな。俺の名前は……オウマ」
俺は片手を出し、握手を促した。
お前逆から読んだら、そのままじゃないか、と我ながら思ったが、どうせこの見た目や気配じゃ隠してる俺の正体なんざわからないだろう。
「ありがとうございます、オウマさん!僕の名前はユウ=シャンテルです。ユウと呼んでください」
「そのままじゃないか?」
「何がですか?」
困惑する俺を尻目ににっこりと笑みを返された。
「さてと、じゃあ出発しますかね」
「あの、オウマさん。でもこの村からは……」
出られない、といいかけ勇者は不安げに俺を見た。
大丈夫だ、誰が邪魔しようとも、何が起ころうとも。
……俺を殺せるのは、お前だけなんだ。
今ほど力があって良かったと思うことは無い。
「心配すんな」
不安げな勇者の肩をたたく。
俺の指に炎が灯り、意識を集中させる。
思った通りで村全体に強力な魔の結界が張られていた。
それも幾重にもだ。
更に広範囲に意識を伸ばす。崖には違う属性の魔法陣の結界が張られているらしい。
……魔族と聖魔法の両方で。
――誰が、これを?
少なくとも、俺以外にできる人間がいる。
魔力集中を指に戻す。
「壊せ」
広範囲領域で魔の結界をすべて破壊する俺。
わかる人がこれを知ったら、その凄さに驚いてくれるだろうが……。
この場では俺が他人の家で指に火を灯して小さく呟いただけにしか見えない。
ただの怪しい人物だ。実に悲しい。
首を傾げ続け困惑する勇者の腕を引っ張り、村の外へ放りだした。
「あれっ!なんで?村から出れた」
「出れた、が……早々にお出ましだな」
オークの大群が林道の向こうに見える。
最弱勇者に対して、随分な輩だな。
むろん、指示したのは俺ではない、誰かが裏で動いている気配がある。
――聖者か、魔族か、両方か?
俺は大剣を構えなおした。
「お前は1匹でも多く倒すことに集中しろ。残りは全部俺が殺る」
「が、んばりますッ!」
かくして、最強の魔王が最弱の勇者を守る旅が、今ここに始まろうとしていた。
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