1 国王の爆弾発言

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1 国王の爆弾発言

「オーディクス侯爵家令嬢プリメリアを王太子の婚約者とする!」    国王のよく通る声が部屋に響いた。一瞬なんの話かわからないと俺たち侯爵家一家は首を傾げ、言葉の意味を理解するとソファでくつろいでいる場合じゃないと狼狽した。  キン! と耳鳴りのような音が聞こえて、俺はクラリと目眩がした。目を閉じて呼吸を整え、やり過ごす。こんなところで醜態は見せられない。  オーディクス侯爵家と王家の懇親会は和やかに進んでいたはずなのに、義父アランは血相を変え、母マリアは驚きに口元を押さえたまま固まっている。  プリメリアと俺はいとこだ。俺が五歳の時、父が事故で死んだ。突然夫を亡くし、困り果てていた弟の夫人であった俺の母マリアにアランは手を差し伸べた。プリメリアが生まれた時に亡くした侯爵夫人の代わりにと望まれ、マリアは俺を連れて侯爵夫人となった。マリアは兄のアランに乗り換えたとか、腹黒いとか言われたりもしたが、そんな噂は時間とともに消えた。アランとマリアの間に情熱のようなものはなくても、家族として穏やかに少しずつ情を育んでいるように見える。  マリアは娘を守るように、隣に座るプリメリアの手を握った。マリアと目線を交わし、プリメリアは安堵したように頬を緩める。 「陛下! 突然何をおっしゃるのですか」  アランが吼えた。さすが宰相として名高いアラン・リデュール・オーディクス。驚きから立ち直ると直ぐさま抗議を始めた。こんなところで話す内容ではない。もっと根回しするべきだと、内容よりも国王のやりように怒りを発露させた。おさえる気もない怒号に国王も耳を押さえる。二人とも声が大きい。たかだかテーブル一個分の距離しか離れていないのに外まで聞こえそうな音はもはや騒音としか認識できない程で、鈍く痛む頭に響いた。   「サイラス、顔色が悪い」  当事者である王太子のアルフォンスは斜め前の席だったからか俺の不調に気付いたようだ。 「父上、サイラスの具合が悪いようです。私の部屋で休ませます」  喧々諤々と言い合っている二人に構わず、アルフォンスは俺の腕を掴んで立ち上がらせた。 「殿下、大丈夫です。休んでいる場合では……」 「私達がいてもいなくても関係ない。事は王家と侯爵家の問題だからな」  当事者の自覚もないアルフォンスの言葉に頭がますます痛む。 「サイラス、本当に具合が悪そうよ。殿下の好意に甘えなさいな。どうせ今日はもう話にならないわ」  父対父の構図ができあがっている。プリメリアの言葉にマリアも王妃も頷く。 「少しだけ休ませていただきます」  弱ったところを見られるのは慣れていない。けれど、普段は簡単にできる平気な振りもできそうになかった。国王の言葉は寝耳に水で、今まで必死に築き上げてきたものが砂上の楼閣であったことを自覚してしまったからだ。  幼馴染みでもある王太子の私室は何度か通されたことがある。昔一緒に描いた絵が額装されて飾られているのが少し恥ずかしい。 「タイをとったほうがいい」  侍女に何かを指示をした後、アルフォンスは俺のタイへと手を伸ばした。慌てて自分で取ると、アルフォンスは上着のボタンも外そうとする。 「タイだけで」 「上着もだ。シャツも襟元のボタンを外すぞ」  正直気分が悪かったので、もう好きにしてくれとソファに座って身体を背もたれに傾けた。アルフォンスは勝手に座っても文句も言わず、俺の服を剥いでいった。上着を椅子に掛け、シャツのボタンを三つほど外して満足したようだ。 「慣れているんだな。王子なのに」 「ああ、弟がいるからな」  今日の懇親会にいなかったが、アルフォンスは男ばかりの三人兄弟だ。 「王太子の前でこんなにくつろぐなんて不敬だな」 「今更だ。幼馴染みなんだから気にするな」  アルフォンスは王太子という地位にいるくせに、昔から気安い。基本的に優しいし気遣いもできる。だからといって侮られるかというとそうでもなく、威厳のある行動もできるし、優秀だ。王族として恥ずかしくない魔力もあって、王太子がアルフォンスならば、俺も義父の跡をついで将来は宰相として支えようと思っている。  本当なら義理の姉であるプリメリアの夫として、申し分ない人物だ。そう、俺がこの世界の秘密を知らなければ――。
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