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男
俺には前世の記憶がある。
子供の頃は夢想好きな子供の戯れ言として無視された。名門大学の学生となり考古学研究会に入れば、小説ネタに困らないぐらい妄想を膨らませることが趣味な奴らばかりが集まっていて、驚かないでね、わたしは卑弥呼の魂の一部を持っているの、とささやかれたり、俺は信長の生まれ変わりで本能寺の変で死ななかったんだ、としたり顔で打ち明けられるほどである。そういわれれば不思議と彼らは卑弥呼であり信長であり、カエサルであった気がしてくるのが面白いところであった。
社会人となり、前世の記憶のことなど匂わせれば、俺を妄想癖があるとか、男前だといわれる外見に似合わず幼児性を払拭できない哀れな男だと、影で笑われた。
次第に前世のことを口にすることはなくなり、十年ぶりに同窓会に顔をだせば研究会の仲間たちはお固い職業を選んでいて、俺ひとり前世の話を蒸し返すのもはばかられた。取引先の貿易会社の社長の娘とお見合い結婚をしたのも丁度そのころである。
世間的には、経済社会の波を巧みに乗りこなし勝ち組だとか成功者だと思われていたかもしれないが、ほんとうのところは妻にも子供にも誰にも、心の内を話さない分別を身に付けただけである。
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