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「あなた…もう、お止めになって。これ以上はもう…。」
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勅使河原忠道は、不治の病に冒されていた。資産家一家に生まれた忠道は、これまで何不自由なく生きてきて、愛する妻と子どもたちにも恵まれ順風満帆の人生を送ってきた。
子ども達が巣立ち、自身も仕事を引退して、いよいよ夫婦水入らずで第二の人生を楽しもうと思っていた矢先、忠道に重大な病が見つかった。しかも、その病魔は体中に巣食い、もはや助かるすべはないように思われた。
ただ、延命の処置がないわけではなかった。それは“移植”である。それには、莫大な資金が必要だったが、資産家である忠道には、お金の問題など取るに足らない問題であった。
「先生、私は1秒でも長く妻と一緒に生きていきたいんです。」
それから何年もかけて、忠道はあらゆる臓器を移植した。心臓も腎臓も。五臓六腑呼ばれる臓器は、ほぼ忠道のものとは別の人のものと入れ替えられた。
何度も切り開かれた体は、傷痕だらけになった。そうやってたくさんの傷を作っていった体は、ついに免疫力をも失い、手足が腐り始めていた。
それでもなお、妻と生きる事に執着した忠道は、ついには自身の脳と自分に似せて作ったアンドロイドを直結させようと考え出したのだった。
某日。妻や子ども達の反対を押し切り、忠道はアンドロイドに自分の脳を移植させた。
確かに、精巧に作られたアンドロイドは、元気な頃の忠道の姿そのものであったし、プログラミングされた声も喋り方も、寸分違わぬものであった。
が…。頭部だけは、ポコポコと泡立つ水溶液の中に移植された脳が、透明な容器に入れられ、据え付けられていた。
「どうだい?これでボクタチは、ずっと一緒だよ。」
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愛する夫のアンドロイドを目の当たりにした弘恵は、何も言わずただ彼の顔を見つめていた。
彼の顔、彼の声、彼の仕草。全ては一緒なのに、そこには愛した夫の姿はどこにもなかった。
弘恵はこの時、忠道の死を明確に悟ったのだった。
「あなた…もう、お止めになって。これ以上はもう…。」
弘恵は、泣きながら教えられていたバッテリーを引き抜いた。
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