普通の家庭に、普通に生まれたかった。

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 解離性健忘――トラウマとなった出来事の記憶が飛んでしまい、思い出せなくなる症状だ。小学2年生頃から両親が離婚するまでの記憶はほとんどないが、1つだけ鮮明に覚えていることがある。  あたしや弟、妹が2階の子供部屋で遊んでいた時のこと。突然、何かが割れたような音がし、あたしたち3人は階段から階下を見た。キッチンに割れた陶器の鍋の破片が散らばっており、父がソファーでうずくまって泣いていた。恐らく父は、母と分かり合えないことに苦悩するあまり、母が大事にしていた鍋を叩き割ったのだ。  夏休みに離婚が決まると、あたしたち兄弟は母と共に、母方の祖母の家に引っ越した。転校を余儀なくされ、2学期からは祖母の家の近くにある小学校に通った。離婚についての説明は全て母からで、父からは何も聞かされていない。  引っ越しの日、父はあたしたちを祖母の家まで送ってくれた。車の助手席から見た父の悲しげな横顔は、今でも忘れられない。  母は、祖母と折り合いが悪かった。「親や目上の言うことに逆らうな」が口癖で、基本的に厳しい人――これが、あたしが祖母に抱く印象だ。  既に和解しているものの、母は未だに「お母さんに認められたかった、褒められたかった」と愚痴を零す。厳しい母親に育てられたからか、どこか子供っぽくて承認欲求が強く、ネガティブ思考だ。  もちろん同情するつもりは一切ないし、不幸自慢なんか聞きたくないというのが正直なところだ。母には、曾祖母という可愛がってくれる人も居た。しかし、あたしと母が上手くいかないのは、母が育ってきた環境も大きく影響しているように思う。

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