可愛くて大好き

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「みっちゃん可愛くて大好き!」  ゆうくんが満面の笑みで抱きついてきて、プニプニの頬同士をくっつける。 「ゆうくんはかっこいいよね! ゆうくん大好き」  ゆうくんは大きくてかっこよくて明るくてクラスで一番足が速い。みんなの人気者だ。ゆうくんの周りにはつねに友達がたくさんいた。でも『大好き』と言うのは俺にだけ。それが嬉しくて仕方がなかった。  アラームの音が鳴り響き目を覚ます。  小さな頃の夢を見た。起き上がるとともに大きなため息を吐きだす。  俯いたまま手のひらをジッと見つめる。大きな手のひらと骨張ったゴツゴツとした指。裏っ返して甲を見ると、静脈が浮き出ていて全く可愛くない。 「光弘、朝ごはん食べないと遅刻するよ」  階下から母親が声を荒げた。ベッドから降りてリビングに向かう。  用意されていたご飯は茶碗に山盛りにされていた。 「半分にして」  茶碗を渡せば母親は眉を歪めて受け取る。 「成長期なんだからいっぱい食べないと。お昼前にお腹が空くよ」 「もうでかくなりたくない」 「何言ってるの! まだ高校一年生なんだからこれからもっと大きくなるよ」  すでに一七七センチある。小学校の高学年でゆうくんの背を抜かした。  中学三年生で声も低くなって、可愛い要素がなくなった。  ゆうくんに『可愛くて大好き』と最後に言われたのは、もういつだったか思い出せないほど前だ。  ゆうくんは今でも仲が良いけれど、いつかゆうくんに『可愛くて大好き』と言われる子が現れるかもしれない。そんなの耐えられないし、ゆうくんの一番はずっと俺じゃないと嫌だ。  そんな独占欲に気付いた時に、俺は友達としてではなくゆうくんが好きなんだと理解した。 「早く食べちゃいなさいよ」  母親はゴミ袋を持って外に出て行った。  用意された朝食を残すのはもったいないし申し訳ないから食べる。  ごちそうさま、と手を合わせて完食しても母親は帰ってこない。近所のおばさんたちと話し込んでいるのだろう。  身支度を整えて家を出る。鍵を閉めると母親が入れなくなるから辺りを見渡すと、ゴミ捨て場の前でゆうくんと母親が楽しそうに話していた。 「みっちゃんおはよ」 「ゆうくんおはよう」  ゆうくんは俺に気がついて手を振った。 「あら、もう家を出る時間? 優一くんまた遊びにきてね」  ゆうくんが元気に頷いて、はい、と笑う。 「ゆうくん学校に行こう」 「そうだね、いってきます」  ゆうくんは俺の母親に向かって大きく手を振った。 「ごめんね、母親が引き留めたんでしょ?」 「みっちゃんのおばちゃん面白いよ」 「そう?」 「うん、みっちゃんの話いっぱいしてくれるし」  何か変なことを言われてないかな、と不安になる。 「今日はみっちゃんがデカくなりたくないって話を聞いたよ。俺はもっと背が高くなりたいから、みっちゃんのこと羨ましいけどな」  ゆうくんは一七〇センチ。俺より背が高くなったら、また『可愛くて大好き』と言ってくれるようになるのかな? そんな淡い期待が湧く。 「俺は小さくなりたい」 「どうして?」  口を開く前に後ろから「優一くん」と声をかけられて振り返る。 「おはよ」 「うん、おはよ」  ゆうくんは出会った時からかっこいいし、今でもみんなの人気者。小さな頃は友達としてだったけれど、今は俺と同じ意味でゆうくんのことが好きな人が多い。  学校が近付くにつれ、ゆうくんに声をかける人が増えていく。  やっぱりこのままだと、ゆうくんが『可愛くて大好き』と思う子が現れてしまう。  廊下でゆうくんと別れ、教室に入って席に着いた。  可愛くなる方法を検索するけれど、化粧や髪型など女性向けのことしか見つけられなくて肩を落とした。
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