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チャプター06
「このみちゃん、どうしたのー。綺麗になって元気もあったのに、最近顔色まで悪いわよ。振られちゃった?」
「今日で辞めます。お世話になりました」
相手をするのが面倒臭くなりバイトを辞めた。
連絡先の交換を失念していた。それくらい理仁が来るタイミングと満足度が高かったと言える。だから当然、喪失感も強い。自分の中に見つかった感情を失った気分だ。
「あの子、独り言激しかった子だよね。最近、不幸被ってない?」
「振られたオーラヤバ。ミスコン出て男漁ればいいのに」
はっきりと聞こえる陰口が原動力だった。私は毎日大学に行き理仁を探してまわった。学部やサークルでも聞いてみたが、理仁を知っている人はいなかった。それどころか、私と一緒にいる姿を見た人さえいなかった。
名前も、大学が一緒だというのも嘘だったのかと疑い始めた。
大学の事務所に行って助けてくれた相手に落とし物を届けたいと嘘をつき、理仁が在学していないかだけ教えてもらえるよう頼み込んだ。
「理仁。あなたは、誰なの」
もう無理だと思った。理仁を知らな過ぎた。満たされて知ろうともしなかった。最低な自分が最悪な結果を招いただけだ。
部屋の電気もつけず、ジャケットも脱がず壁に背中を預けて座り込んだ。理仁が来た日を思い出す。あの頃の自分はどんな気持ちで生きていたっけ。指にひっかけていたビニール袋から缶ビールを取り出すと、一気に乾いた体に流し込んだ。それは何の効果もなく苦いゲップが喉を焼いた。
三本目を口にしてから、買ってきた睡眠薬を全部掌に乗せた。
「はは。理仁を呼ぶ儀式みたい」
あの夜を再現すれば理仁が来てくれるなんて本気で思っていたわけじゃない。ただの悪あがきだ。以前の私に戻る馬鹿げた儀式だ。
薬を口に含みかけた時、玄関のドアが開く音がした。部屋に入ってくる人影。
「理仁……」
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