男の娘メイドがアイドルデビュー!? ~恋のふかしぎ ふかしいも~

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男の娘メイドがアイドルデビュー!? ~恋のふかしぎ ふかしいも~

 まだ16時台だが、屋敷の窓から見える景色はすでに薄暗い。秋斗(あきと)は窓を拭く手を止める。  メイド服のスカートを整え、リビングへ向かう。  ソファに座る金持ち男に、秋斗は甘えた口調で話しかける。 「何見てるの?」  男は顔を上げ、手に持った紙を秋斗に向ける。 「祭りのポスター。公園で秋フェスタをやるんだってさ」 「ふうん」  秋斗はさほど興味がなさそうに、メイド服のエプロンのフリルをいじる。 「毎年やってるんだが、いつも規模が小さくてな。でも今年は大幅に拡大し、40もの屋台が出るそうだ」 「豪華だね」  秋斗はポスターをチラッと見る。そこにはくどいほど「豪華」という文字が使われていた。  秋斗はポスターに興味がなかった。それよりもご主人さまの、意外と長いまつ毛を見ているほうがよっぽど楽しかった。  秋斗は男の娘メイド。この男は秋斗のご主人さま。  ご主人さまはポスターを楽しそうに眺め、普段よりワントーン高い声で言う。 「これだけ盛りだくさんなら、この祭りで最も豪華な品物が何なのか、見てみたいよな」 「んー」 「明日、ふたりで行こうか」  そのひと言で、秋斗は一気に前のめりになった。 「燈次(とうじ)さまとお出かけ、する!」  秋斗は燈次の隣に座り、頭を彼の肩に押しつける。燈次は秋斗を優しく撫でる。秋斗は、明日が来るのが楽しみになった。  だが、翌日――。  燈次はベッドに横になっていた。 「風邪を引いたようだ」 「お出かけ、なし?」 「秋斗ひとりで行ってくるといい」  その言葉で秋斗はしゅんとした。見かねたらしい燈次は言葉をつけ足す。 「祭り会場で一番豪華な物を見つけたら、俺に教えてくれ」  祭りは公園の入り口から屋台がずらりと並んでいる。特設ステージもあり、そこには最近SNSで話題の歌手が来場すると書かれていた。  秋斗はメイド服のスカートをひらひらと揺らしながら練りあるく。屋台のひとつひとつを覗きこむ。わたあめ。焼きそば。射的。最近は値上げばかりだが、値段はそれなりに妥当。どれも燈次の求める「豪華な物」とは言いがたい。 「……りませんか」  ざわつく会場内で、かすかな声が聞こえる。空耳かと思ったが、違うようだ。もう一度、同じ音量で聞こえた。  声のほうを向くと、有名なケーキ屋の出店(でみせ)があった。でもそこにいる売り子は活気のよい声で呼び込みをしている。  そのふたつ隣の出店を見ると、こちらも有名な和菓子屋。声を張ってはいないが、凛とした声がしっかり聞こえる。こちらでもなさそうだ。  その2店に挟まれる屋台で、売り子が背中を丸め、地面に向かって声を発している。 「……りませんか」  左右の有名店には客がずらっと並んでいる。しかしこの屋台には客がいない。きっと「豪華な物」なんて売っていない。秋斗はそう判断し、スルーしようとした。だが……。 「あき……ぽぉん……?」  売り子がこちらに呼びかけてきた。よく見ると、その売り子は秋斗の女友だちだった。 「きなこっ?」  秋斗が駆けよると、きなこと呼ばれた子は、おどおどした目を向けてきた。 「あ、あの、わたしのおじいちゃんが、出店(しゅってん)に応募したら、当選? しちゃって。でも売り子できる人が他にいなくて……」 「こういう店、個人でも出せるんだ」 「分からないけど、なんか、うん……」  きなこは自信なさそうに背中を丸めた。この調子では、たぶんほとんど売れていないだろう。そしてこの先も。  秋斗には「祭りで一番豪華な物を探す」という目的がある。しかし、友だちのことは放っておけない。 「ちょっとだけ売り子、手伝ってあげる」 「ああ、ありがとう、あきぽん!」  きなこは拝むように両手をこすりあわせる。 「ちなみに何の店」 「ふかしいも」  きなこは秋斗に商品を見せる。直径5センチ×高さ3センチほどの輪切りのいもが3つ、紙皿に乗っていた。  秋斗がびっくりして黙っていると、きなこは言い訳のようにもぞもぞ言った。 「おじいちゃんの畑でおいもがいっぱい取れて……ふかすのが一番おいしいから……」  たしかに、手書きっぽいのぼりには「ふかしいも屋さん」と書かれている。  たくさん屋台がある中で、この店に客が来るだろうか。しかも、両側を有名店に囲まれた状態で……。 「おいしいおいもだよ。みんな食べてー!」  秋斗が愛嬌を振りまいて呼び込みをしても、誰も来ない。通行人がチラッとは見るが、「ふかしいもって」とくすくす笑って過ぎてしまう。 「こんなに可愛いおれが宣伝してるのに、スルーとかあり得ないんだけど」 「ご、ごめんね……」 「きなこのせいじゃないし」  秋斗はぷくっとほおを膨らませ、小さく切った紙に何かを書いた。 「はずれ……?」 「ふかしいもを1個買ったら、1回くじが引けるの」 「あたりが出たら?」 「可愛い男の娘メイドのおれが、ほっぺにチュー♪」  秋斗がパチッとウインクをすると、きなこは息を飲みこんだ。 「だだだ、駄目だよ、自分を安売りしちゃ」 「だいじょーぶ。あたりは入れないから」 「詐欺だよぉ」 「おれにチューしてほしい人、集まれー!」  秋斗が呼びかけると、一気に10人ほどの客が集合した。  その人たちは嬉々としてくじを引く。はずれを引いてもまた金を払って引いてくれる。 「大成功♪」 「あきぽん……」 「なぁに」 「誰もおいも食べてない」  きなこの言葉で秋斗は気づいた。たしかに、みんなくじを引くだけでふかしいもを欲しがらない。くじは空になったのに、紙皿はひとつも減っていない。 「おいも持ってかないなら、意味ないじゃん!」  ふたりは作戦を変えることにした。秋斗は、ご主人さまがチーズに唐辛子をチョイ足しして酒のつまみにしていたのを思いだした。 「何か足すのは?」 「あ……わたし、きなこ持ってる」 「きなこ、きなこ持ってるんだ」  のぼりに紙をつけ足し、「きなこ入りふかしいも」と書く。 「可愛すぎる男の娘メイドのオススメだよ。みんな、自分へのご褒美に買ってね!」  秋斗が愛嬌を振りまきながら宣伝すると、声に釣られて客が来た。  客は店の前でひと口、ぱくり。 「おいしい? もうひとつ食べる?」 「……うーん……」  そう言って客は去っていった。秋斗はいやいやをするように首を左右に振る。 「えー、何が駄目なの」  ふたりはきなこ入りふかしいもを食べてみた。すると……。 「なんか、変だね。思ったより味があわさってない」 「きなこ、かけすぎたかなぁ。減らしてみる?」  秋斗の問いに、きなこは顔を下に向ける。 「せっかくのおじいちゃんのおいもだから、そのまま食べてほしい……」  その後できなこは「わがまま言ってごめん」とつけ足した。秋斗はぷくっとほおを膨らませる。 「どうしたらこのままで食べてもらえるか、考えてみようよ」 「あきぽん、本当にありがとう……!」  秋斗は何もかけない状態のふかしいもも試食してみた。 「わ。おいしーい!」 「ほんと?」 「すっごく甘くて、ほっくりしてる。食べると、気分がふわーってなる。皮も柔らかくて食べやすいし。こういうの大好きっ!」  きなこは得意になって補足を加える。 「ふかしいもは健康にもいいんだよ。ビタミンCは肌荒れ予防にもなるし、カリウムでむくみがスッキリするし」 「そーゆーの宣伝したらいいのかな」 「きっとまた、みんな聞いてくれないよ……」  きなこはまたうなだれた。  たしかに、これだけいっぱい売り込みをして、来た客はごくわずか。宣伝文句を変えたところで、左右に有名お菓子店を構えられた状態の個人屋台が、勝てるのかは怪しいところだ。  秋斗は内心、諦めたくなっていた。友だちのことは放っておけないけど、早くご主人さまへの豪華なお土産を買って帰りたい。早くご主人さまの誉め言葉がほしい。  秋斗はふと、燈次が言っていたことを思い出した。 ――回り道も大切だ。本当にほしい物は脇道にあるものさ。 「きなこのお手伝いをしてれば、何か見つかるの?」  でも、ふかしいもの問題は突破口が見つからない。  またあたりを引いたらチューの作戦にする? それとも、7割引きで売ってみる? どの案もピンと来ない。 「おいもの魅力を、いっぱいの人に知ってもらう方法は……」  秋斗はご主人さまの言葉を思いだす。 ――迷ったら、周囲に目を向けてみろ。 「周囲って、別に屋台が並んでるだけなんだけど」  秋斗がそう思ったとき、祭り会場の中心部あたりから怒声が聞こえた。 「どうするんだよっ!」  どなり声は一度でやんだ。しかし秋斗は気になって、声のほうへ行ってみる。ふかしいもを持ったまま。  そこは、特設ステージのバックヤードだった。ふたりの大人がひそひそと話しこんでいる。 「こっちは、人気歌手が来るって大々的に宣伝しちゃったんだぞ」 「すみません。自分が先方にスケジュールを伝え間違えたせいで」 「もう観客もこんなに集まってんだ。今さらステージができないなんて言えるかよ」  秋斗は唇に指を当て、小さな声でつぶやいた。 「燈次さま、遠くで見ててくれるよね」  秋斗はふかしいもをステージの端に置き、そばにあったマイクを拾う。そして秋斗は特設ステージに駆けあがった。 「みんなーっ! とびきり可愛い男の娘メイドのあきぽんが、今日はアイドルになっちゃうよ!」  予想外の展開に、集まった観客はざわざわし始める。誰もが秋斗に注目している。運営スタッフらしき人たちもざわつくが、秋斗は無視して続ける。 「いっくよー。わん、つー、すりー」  秋斗はかけ声の後、ステージ上で踊りだした。  そしてアカペラで即興の歌を歌いはじめる。 「♪教えて 可愛いの作り方(イエイ)   教えて 恋するココロの作り方(はにゃ?)   だって だって 好きになっちゃったんだもん   恋のふかしぎ ふかしいも」  観客たちはポカン、と口を開けている。  急にメイド服の子がステージに登場し、よく分からない歌を歌いはじめたのだ。  この状況についていける人などいるわけがない。 「可愛いけど……これ何?」観客の何人かが同じ言葉をつぶやいている。  動揺しているのは運営スタッフ同じだ。秋斗の行動を止めるどころか放心状態で立ち止まっている。  その間も、秋斗の歌は続く。秋斗は少し曲のテンポを落とし、バラード調で歌う。 「♪あきぽんはどうしてそんなに可愛いの?   だって、ふかしいもを食べたから   ふかしいもはカリウムたっぷり   むくみ スッキリ 嬉しいね   大好きな人のところへ急いじゃお」  観客の女性が「私、夕方になると足がむくむのよね」と呟いた。 「♪ふかしいもにはビタミンC   笑顔キラリン お肌もピカピカ」  観客の男性が「俺、実は肌が弱くてさ……」と呟いた。  観客たちはいつしか、秋斗の歌に目を奪われていた。秋斗はステージ上で大きくジャンプをし、深く息を吸って叫ぶ。「みんなも一緒に!」 「♪教えて 可愛いの作り方(イエイ)   教えて 恋するココロの作り方(はにゃ?)   だって だって 好きになっちゃったんだもん   恋のふかしぎ ふかしいも」  観客たちは一体となって秋斗と一緒にサビを歌う。誰も彼もが秋斗の歌に夢中だ。  秋斗はステージの端に置いてあったふかしいもを取り、たくさんの人の眼差しの中でそれを食べた。 「甘くてほっこり。おいしいっ!」  秋斗の満足そうな笑顔に、観客たちはとりことなる。 「あれ、どこで売ってるのかな」「自分も食べたい」  秋斗は待ってました、とばかりに手で示す。 「男の娘メイドもオススメのふかしいもは、あっちでーす!」  観客たちはふかしいも屋さん目がけてドッとなだれこむ。  秋斗はほっとひと息ついた後、ふと考えた。 「あんなに客が来て、ふかしいも足りるのかな……」  慌てて店に戻ると、案の定きなこが狼狽していた。 「おいもが足りない」 「せっかく呼び込み成功したのに」  すると、人混みの間から老人たちが登場し、店に駆けこんできた。 「きなこちゃん、追加のおいもできたよ!」 「おじいちゃん。それに……おじいちゃんのお友だち?」 「まだまだいっぱいあるからね。たくさん売っておくれ」  懸命に売り子を続けていると、突然スーツ姿の男が秋斗を呼んだ。 「キミ、さっき歌ってた子だよね。私は芸能事務所の者だ。キミを本格的にアイドルデビューさせたい。今すぐ一緒に来てくれ!」  秋斗は唇を尖らせ、考えこむ素振りをする。  スカウトマンは期待して首を伸ばす。  秋斗はにんまり笑い、男の耳にささやいた。 「だーめ♪」  夕方になり、秋斗はお屋敷に戻る。  ご主人さまの燈次(とうじ)はベッドから半身を起こし、秋斗が持ちかえってきた物を眺めている。 「これが、祭り会場で一番豪華な物なのか?」  秋斗が持ってきたのは、きなこの店で売っていたふかしいもだ。売り物は完売したが、秋斗のためにひとつだけ取っておいてくれたのだ。  燈次はいもを口に入れる。 「うまい。いい甘さだ。秋斗に頼んでよかった!」  夢中で食べる彼を見て、秋斗の胸がきゅん、と締めつけられる。  芸能事務所の人の誘い文句が頭の中で再生される。秋斗は首を左右に振った。 「アイドルにはなれないよ。だって、燈次さまが寂しがるもん……」 「何か言ったか?」 「ふかしいもの歌、聞かせてあげよーと思ったの」  そう言って秋斗はステージで披露したのと同じ歌を歌う。もちろん軽やかなダンスつきだ。  その様子を見ていた燈次は、ベッドから跳ねおきる。 「お陰で元気になった。俺も踊るぞ!」  ふたりはこの後、たくさん歌って踊り、楽しい時間を過ごした。秋斗は大満足だった。
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