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なんでも育つ庭
中古の土地付き一戸建てを買ったら、庭がしゃべりだした。
『夢でも、幻でもないですって』
はじめは頭がおかしくなったのかと思った。いや、実はいまでも自分がどうにかなってしまっているのではないかと疑っている。
『いいかげん、現実を直視しないと』
「現実て」
縁側で庭をじっと見つめながらぶつぶつと話す男がここにいる。周囲の人間が見たら通報まったなしである。
『ご近所さんはみなさんいい方ばかりですから、大丈夫ですよ』
おれの正気がまったく大丈夫じゃないんだが。
「お前は、いったいなんなんだ?」
『庭です』
知ってるよ。
「この土地の地縛霊みたいなもんか?」
『さあ?』
「さあ、て」
お前自身がわからないのかよ。
『自分のことって、意外と本人がいちばんよくわかっていないものですから』
「深いな」
庭が哲学を語るなよ。
『まあまあ、そんな細かいことはいいじゃないですか』
おれにとってはちっとも細かくないんだが。
『あなたは非常に良い買い物をなさいました』
「この家のことか?」
築年数のわりに補修の必要もないほどきれいだったし、たしかにお得だったとは思うけど。
『いやいや、建物なんてオマケみたいなもんですって。本命はワタシ。この素晴らしい庭であります』
「自画自賛がすごいな」
敷地のわりに広さだけはあるけど、なんの飾り気もない普通の土庭じゃん。
『だからいいんじゃないですか。これからワタシを、思うぞんぶんアナタ色に染めていくんですよ』
「人聞きが悪いな」
自分で庭づくりをしろって意味なのはわかるが。具体的になにをどうすればいいんだ?
『美しい植物でガーデニングするもよし。家庭菜園にして新鮮な作物でキッチンに花を添えるもよし。なんでもござれですよ』
「ガーデニングに家庭菜園ねぇ」
こちとら素人もいいところなんだけど。
『無問題です。なにせワタシは、「なんでも育つ庭」ですから』
「なんでも育つ?」
ずいぶんと大きくでたな。
『誇張でもなんでもないですよ。言葉のとおり、どんなものでも簡単に育てられます』
「どんなものでも、ねぇ」
うそくさいなぁ。
『物は試しと言うじゃないですか。ひとまずはいくつか種を植えてみてくださいよ』
「しかたないな」
ホームセンターにでも行ってみるか。
◇
「すごいな」
『でしょう?』
まさか、テキトーに水をやるだけでここまで見事に育つとは。
『見た目だけじゃないですよ。中身も極上。Sランクの最高品質ばかりなんですから』
「らしいな」
知り合いの農家に見せたら、目玉が飛び出るほど驚かれたからな。
「この種なんて、プロでもうまく育てるのが難しいって聞いたんだけど」
『ふふーん、ワタシの手にかかればお茶の子さいさいですよ』
「言い回しが古いな」
ドヤ顔が目に浮かぶようだ。見えないけど。
『せっかくですから、これで商売でも始めてみてはどうですか?』
「商売ねぇ」
いろいろ育てすぎて持てあましていたから、ちょうどいいか。引き合いもすでにあるし。
『ワタシも張り切っちゃいますよ』
「ほどほどにな」
ま、飽きるまでぼちぼちやってみますか。
◇
「飽きた」
『早かったですね』
というか、あれこれ対応するのがめんどうくさくなった。
『代わりの人を雇えばいいのでは?』
「それはそれで別の面倒があるんだよ」
そもそもこういったビジネスの類は、もうこりごりだったんだよなぁ。
『なにか嫌な経験でも?』
「これでも自分で会社を経営していたからね」
上場のタイミングですっぱり引退したんだけど。
『はやりのFIREというやつですね』
「よく知ってるな」
どこから情報を得てるんだ?
『お金には困っていないので、無理に商売をする必要もないと』
「そういうこと」
もっと面白そうな商売なら話は別だけど。儲けよりも面白さなんだよなぁ。
『これまでのガーデニングや家庭菜園は、規模を縮小しますか?』
「そうだな」
やれることはひととおり試したし。自分で食べるぶんだけあればいいや。
『凝り性のわりに、飽きるのも早いようで』
「まあね」
また、なにか興味の持てそうなことを探さないと。
『そんなアナタに、耳よりなお話が』
「なんだよ」
うさんくさい言い方だなぁ。
『ゴミですね』
「いきなり罵倒されたんだが」
突然すぎてあっけにとられたぞ。
『いえいえ、そちらのほうではなく。いま、ゴミはお持ちですか?』
「家の中に山ほどあるけど」
今週のゴミの日、うっかり出し忘れたし。
『ゴミはこまめに捨てないとだめですよ』
「お前はおかんか」
言われなくても、来週捨てるって。
『そのゴミを持ってきてください』
「は?」
どうしてだ?
『ほらほら、はやく持ってきてくださいってば』
「わかったよ」
ほら、キッチン横にあったゴミ箱を持ってきたぞ。
『庭に適当な穴を掘って、そのゴミ箱の中身をどばーっと』
「放り込めと?」
それってたしか、法律違反じゃなかったか?
『廃棄物処理法のことでしたら、お気になさらず』
「なぜだ?」
『これは「廃棄」ではなく、「育てる」のが目的ですから』
「育てる?」
ゴミを? さっぱり意味がわからんのだが。
『まあまあ、だまされたと思ってやってみてくださいよ』
「だまされるのは、ごめんなんだが……」
念のため、誰も見ていないかたしかめてと。よっ。
『あとはいつのもように、適度に水をやればオッケーです』
「水?」
ゴミに水やりをするのか?
『ええ。このゴミの量でしたら、三日も待てばいいかと』
「いったい、どうなるっていうんだ?」
生ごみ処理機みたいに、肥料にでも変化するのかねぇ。
◇
「マジか」
『マジです』
三日後。土を掘り起こしたおれは驚愕した。
「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、リンゴ……」
土の中から出てきたのは、さまざまな野菜や果物だった。
『このラインナップからすると、カレーですかねぇ』
「あ、ああ」
たしかにここに放り込んだ生ゴミは、カレーを作った際に出た野菜や果物の皮などが主だった。
「……まさか」
『言ったでしょう? ワタシは「なんでも育つ庭」だって』
種じゃなくても、元の作物が育つっていうのか?
『それだけじゃないですよ』
「え?」
『「なんでも」というのは、農作物に限った話じゃありません』
「……は?」
『たとえば、ですね――』
その内容は、にわかには信じられないものだった。
『壊れた道具や家電などを埋めれば、たちまち元の新品同様の品物が育ちます』
『シリーズものの小説などは、物語の続きのページが育ちます』
『新聞を埋めれば、未来のニュースがわかりますよ』
次々と挙げられるたとえ話に、おれは背筋に冷たいものを感じつつも、内心の興奮が抑えきれなかった。
◇◇◇
「兄さん、このあたりでいいかな」
「そうだね。父さんが指定したとおりだ」
「結局、母さんのこと何も聞けなかったね」
「亡くなる間際になれば、話してくれると思ったんだけど」
「兄さんもまったく覚えてないの?」
「物心がついたときには、父さんとふたり暮らしだったからなぁ」
「でも、ぼくが生まれたってことは、どこかに母さんがいるはずだよね」
「うーん。僕の記憶だと、父さんがある日突然、赤子のお前を連れてきたような……」
「えー、捨て子ってこと?」
「それを言ったら、僕もそうだったのかもしれないし」
「そっか」
「まあ、今となってはもうわからないし気にしても仕方ないさ」
「そうだね」
「どんな事情があっても、お前は僕の弟。父さんも僕らの父さんだよ」
「父さん、最期まで不思議なひとだったね」
「何かにつけて、庭で見えない誰かとしゃべっていたものな」
「幽霊でも見えてたのかな」
「庭に話しかけていただけかもしれないぞ」
「よっぽどこの庭が好きだったんだね」
「ああ。あんな遺言を残すくらいだからな」
――自分の遺灰を庭に埋めてほしい、なんてさ。
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