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玄関を開けると、とたんに大歓迎の儀式にあう。
「ただいまー」
解錠の音よりも先に僕の足音が聞こえているようで、たたきに降りて僕を見上げる三組の瞳が、愛情と食事の不足を訴えている。
ふだんより甲高い声を出して、足元にすり寄る猫たちの頭を順番に撫でてやると、ぴんとしっぽを立てて交互に鳴き続ける。
「おっ。キミも咲いたね」
今朝は蕾だったサボテンの花が、ミニサイズの温室で黄色い可愛い花をつけている。斑入りのポトスやベンジャミンの葉も、一生懸命つやつやしてるのを見るとこっちまで嬉しくなる。仕事の疲れも吹き飛ぶようだ。
猫たちはごろごろ喉を鳴らして、右に左に進路を変えながら僕の前を進んでいく。蹴飛ばしそうでゆっくり歩きたいけど、彼らの空腹はそれを許してくれない。
「はいはい。ちょっと待ってな」
手洗いうがいを済ませると、彼らに食事を用意した。三匹は行儀よく並んで、一心にかりかりと音を立て始めた。僕はその様子を少し眺めてから、植物たちの蕾や葉の状態をチェックしながら水をあげた。瑞々しい感触は、物を言わずともお互いの気持ちが伝わる気がする。最近では、植物に触れるとストレスが軽減することが、科学的にもわかっているそうだ。
「さてと」
次は人間の番だ。
キッチンに戻ろうとすると、玄関で物音がして、のそりと來人が姿を見せた。
「ただいま。紫乃さん」
「お帰り」
少し疲れたような顔で彼はソファに座った。今日は仕事が忙しかったらしい。
「腹減った」
「お疲れさま。今日も頑張ったね」
仕事の延長のノリで彼を抱きしめると、冷えたマフラーと彼の髪から、つんと埃っぽい北風の匂いがした。きっと僕も同じ匂いをさせていると思うと、独りじゃないんだと何だかほっとする。
「まーた。そうやってガキ扱いする」
「來人なんて僕からしたらコドモだよ。すぐごはん作るね。休んでて」
「少しぐらい手伝うよ」
「大丈夫。今日はお鍋だから簡単なんだ」
僕より背が高いくせに、來人は子猫みたいだなと思うことがある。ここに来た日の彼を思えば、だいぶ僕に心を許しているように見える。彼は強張った頑なさの裏に、はにかむような笑顔や一途なほどの優しさを持ち合わせていた。
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