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來人は物心ついた時から他人としか暮らしたことがなかった。両親を事故で亡くして親戚をたらい回しにされた。疎まれたこともあるが、優しくされたこともあったと言う。
だけど、その裏側にはいつも別の思惑が潜んでいた。人目を惹く容姿を持つために、モデル事務所との契約なんてマシな方で、体よく身売りさせられそうになったこともある。度重なる失望のせいで、彼は他人に向ける正しい感情を知らずに育った。表情も心も固く閉ざして、誰にも弱みを見せずに都会の片隅でひっそりと生きていた。
あの雨の日も、來人は仕事をクビになってヤケを起こしていた。解雇の理由は愛想がないから。確かに言葉は少なかったけど、裏方の仕事も急なシフトも黙って引き受けてくれる來人は、今では僕の友人が経営するカフェを手伝っている。女子の間で『本当は優しいクールなイケメン店員』と密かな人気となり、今では彼を目当てに来るお客さんもいるほどだ。
『皆びっくりするだろうな。ふだんの來人を見たら』
『ぜってー言うなよ』
來人は気色ばんで僕のシャツを掴む。僕は笑いながら彼の髪を撫でた。ガキ扱いするなと拗ねるけど、僕にとっては園児や猫と同じだ。
この頃では表情も声も明るくなり、僕や猫とも距離を縮めてきている。ソファで一緒に映画を見ている時に、來人が笑っていると僕の頬も自然に緩む。あの日以前の彼に起きたことは想像するしかないけど、少なくとも今は穏やかな毎日を送っていると思う。そして、彼に安らぎを与えてあげられることを、僕はとても誇らしく思っていた。
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