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僕が保育士になったのは子どもが好きだからだが、その昔憧れた人の職業だったからでもある。よくある幼稚園とか保育園の先生に恋しちゃうアレだ。
ただひとつだけ他人と違っているのは、その先生が自分と同性だったってこと。優しい声で歌を歌ってくれたり、かと思えば逞しい腕で抱き上げてくれたり。当時はそれが初恋だとは認識してなかったけど、毎日の登園はとても楽しみだった。
「しのせんせー。これやって」
そんな昔のことを思い出していると、園児に声をかけられた。
「どれ。貸して」
「ここがとれないの」
ブロックが固く噛んでいて、子どもの力では足りないようだ。僕は少しだけ隙間が出来るようにブロックを緩めると、園児に手渡した。
「あとはやってごらん。きっと出来るよ」
両手で引っ張り、ブロックを外すと園児はにっこり笑った。
「できた! せんせー、ありがとう」
ほんの小さな達成感を積み上げながら、子どもは日々成長していく。子どもたちと向き合うこの仕事は、子育てに多分に通じるものがある。
来月は30になる。
見回せば同級生たちは結婚と出産ラッシュを迎えているが、僕はこれから先も自分の子どもを持つことはないと思う。園では中堅の立ち位置だから知識も経験もあるけど、自分の性的志向も絡んでくるし、生物学的に母親になることは不可能だ。
アラサーの独身が友人の幸せを心から祝福しながらも、やっかみと自己嫌悪を覚えているのは、何も女性に限ったことではないのだ。
不意に元気な泣き声がした。お迎えに来たお母さんを見て、一歳児クラスの渓くんが泣き出したのだ。他の子は笑顔で母親の元に駆けつけるのだが、彼は時々手放しで泣くことがある。
「今泣くとこじゃないじゃん」
はきはきした好実先生の声が響く。
「お母さん来たじゃん。泣かなくてもいいでしょ」
彼女はいつも持論を展開させる。
10時間ぶりに大好きなお母さんに会えたのだから、喜ぶのが普通だし、そこには笑顔がふさわしい。その気持ちもわからなくはない。
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