隣のレーンを泳いでいたのは

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 僕はプールで、のんびりクロールを泳いでいた。  その出来事は、そんな僕が息継ぎのために顔を横に向けた時に起こった。  隣のレーンが見えた。  そして。  僕は———そこで同じように泳いでいた僕と、目が合った。 「……と、いうことなんだけど」  満田が説明すると、駒井は呆れたように息を吐いた。 「完璧にホラーじゃねーか。お前、何ケロッとした顔でそんな話してんだよ」 「えー、突っ込むところってそこ?」 「……そうか。まず俺が突っ込むべきところは、お前がたった今手を引いて連れてきている正体不明生物についてだったかもしれないな」 「うむ。よくわかってるじゃないか親友」  満田はぽんぽんと駒井の肩を叩く。  いや俺とお前は仲のいい友人だが親友ではないと思う、などと駒井は真顔で薄情なことを言った。  満田はまあまあとそんな彼を宥める。  はあ、と駒井はもう一度面倒くさそうにため息をついて。 「で?」  満田にそう問いかけた。 「ん?」 「ん、じゃないだろ。お前がたった今、右手でばっちりしっかり手を繋いでいるやつ……その生き物は何なんだって話だよ」  満田は、自分の右手をぎゅっと握っている存在へと目線をやる。  全く同じ形の手が、握り返している。  視線で辿っていくと、面白い。  同じ手首。  同じ腕。  同じ肩。  同じ首。  同じ頭。  もちろん同じ顔。  ついでに髪型や目のハイライトなんかも同じ。  満田は、瓜二つの自分と、手を繋いでいる。 「うーん、マネっこおばけ?」 「おいこらマジもんのホラーストーリーを軽い調子で話すな」 「えー、だってこいつ可愛いし」 「それがお前自身と同じ顔をしていることを自覚した上での発言だとしたら心から尊敬してやる」 「お、唐突にお褒めの言葉をありがとう」 「褒めてない。皮肉だ」 「なんだよ硬いなー、こっちこそジョークで言ったんじゃないか。もっと肩の力抜いてこうぜー」  あはは、と脳天気に笑う満田。  その様子を、駒井は眉を顰めながら見つめている。  そして駒井はまたため息を吐く。何気ない調子で、彼は静かに言った。 「……それで、どっちが本物だ?」 「はい?」 「そこのお前———つまり、さっきからずっとベラベラ喋り倒してる方か? それとも、ひたすらに沈黙を貫いてる方か?」 「え、ちょっと駒井、何言って……」  よくわからない展開に、満田は顔に浮かべた笑みを引っ込めた。  そしてようやく、満田は気付いた。  駒井は元から笑っていない。唇の端が上がっていないのはいつものことだが———目が笑っていない。 「お前たち二つは見た目では全く判別がつかない。だからせめて声を比較したいと思ったが、片方は一切喋らないときた。まあ声帯の形が一緒ならば比較も無意味かもしれなし、同じ理由で、記憶のテスト等の手段も全くもって完全とは言えない。なぜなら、お前たちは脳味噌の造りまでが全く同じである可能性も高いから。とはいえ、やはり何かしらの違和感というものが残らないわけもなく……」 「おい、駒井!」  焦った声で、満田が叫んだ。  駒井は「ん」と頷いて喋るのをやめた。 「ねえ、僕が本物だよ。こっちのやつとはプールで出会って、それからここに連れてきた。今まで駒井と仲良くしてた満田は、間違いなくこの僕なんだ。な、わかるだろ? そのぐらい?」  駒井は否定せずに聞いている。  しかし、彼の目は奇妙に冷静だった。  満田が言いたいことを喋り終わって沈黙した時、駒井は静かに言った。 「……本当に、お前はお前か?」 「だからそうだって……」 「自信があるのか?」 「え、うん。だって……」 「じゃあ、」  駒井はほんの少しだけ恐怖を滲ませた声で、問いかける。 「……どうしてお前はそっち側にいる?」 「は?」  そっち側?  満田は首を傾げる。  そして駒井の視線を辿って、左に立っている『もう一人の僕』へと目をやる。  さっきと同じ。  無言で僕の左手を握ってぼんやりしている可愛い生き物。 ———あれ?  左手?  ギョッとする。  満田はついさっきまで、右手で生き物と手を繋いでいた。  しかし今は、左手を繋いでいる。  立場が。入れ替わっている。  体は同じで。  意識だけが。  入れ替わっている。 「で、どっちが本物だ?」  途方に暮れる。  どちらかが本物で、どちらかが偽物だ。それだけは間違いない。間違いないはずなのに。 「「こっちだよ」」 ———(完)
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