15人が本棚に入れています
本棚に追加
Ⅸ ニセモノからホンモノへ
ベッドに横たわった父が、自分に向かって何かを呟く。風邪から重篤な肺炎を引き起こし、もう、どうにもならない様子であった。
「何? 父さん」
「ありがとう、ジェームズ。私のために。……すまなかったな」
弱々しく呟く父の手を握って、ジェームズが答えた。
「父さんが何を謝っているのか、分からないな。僕はずっと幸せに生きてきた。そして、これから先も、ずっと幸せに生きていく」
弱々しく笑顔を浮かべたライアンは、弱った身体を精一杯動かし、ジェームズの顔に手を添えた。
節くれだったゴワゴワの手。
父のために作ったこのニセモノの世界から、父が抜け出そうとしている。
「人生の最期まで、私は幸せだった。お前が子どもの頃に戻ったかと錯覚する事さえあった。作られたニセモノじゃない。お前が私を思うホンモノの気持ち。ホンモノの家族に囲まれて、私は今も幸せだ。」
思ってもみなかったライアンの言葉に、ジェームズは言葉を失った。
ライアンは最期の力を振り絞り、ジェームズの顔を慈しむように撫でた。
その手がジェームズの顔を離れ、ポトリとベッドに落ちたのは、1分も経たない内だった。
ジェームズはライアンの手を握り、嗚咽した。
なんともできなかった自分。
禁忌を犯してつくったニセモノの世界。
父は本当に幸せだったのだろうか。
幾つも幾つも悔やみがジェームズを襲う。
背中にそっと手が添えられた。
心配そうに妻のカリーナと息子のウィルが自分に寄り添う。
マリィとトビィはライアンの側に行き、涙を湛えた瞳をこちらに向け、震える声で言った。
「見て。ライアンが幸せそうに微笑んでいるわ。まるで、眠っているみたい。私たち、幸せだったわね」
そんなマリィに妻のカリーナが近づき、そっと抱きしめた。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!