Ⅸ  ニセモノからホンモノへ

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Ⅸ  ニセモノからホンモノへ

 ベッドに横たわった父が、自分に向かって何かを呟く。風邪から重篤な肺炎を引き起こし、もう、どうにもならない様子であった。 「何? 父さん」 「ありがとう、ジェームズ。私のために。……すまなかったな」  弱々しく呟く父の手を握って、ジェームズが答えた。 「父さんが何を謝っているのか、分からないな。僕はずっと幸せに生きてきた。そして、これから先も、ずっと幸せに生きていく」  弱々しく笑顔を浮かべたライアンは、弱った身体を精一杯動かし、ジェームズの顔に手を添えた。  節くれだったゴワゴワの手。  父のために作ったこのニセモノの世界から、父が抜け出そうとしている。 「人生の最期まで、私は幸せだった。お前が子どもの頃に戻ったかと錯覚する事さえあった。作られたニセモノじゃない。お前が私を思うホンモノの気持ち。ホンモノの家族に囲まれて、私は今も幸せだ。」  思ってもみなかったライアンの言葉に、ジェームズは言葉を失った。  ライアンは最期の力を振り絞り、ジェームズの顔を慈しむように撫でた。  その手がジェームズの顔を離れ、ポトリとベッドに落ちたのは、1分も経たない内だった。  ジェームズはライアンの手を握り、嗚咽した。  なんともできなかった自分。  禁忌を犯してつくったニセモノの世界。  父は本当に幸せだったのだろうか。  幾つも幾つも悔やみがジェームズを襲う。  背中にそっと手が添えられた。  心配そうに妻のカリーナと息子のウィルが自分に寄り添う。  マリィとトビィはライアンの側に行き、涙を(たた)えた瞳をこちらに向け、震える声で言った。 「見て。ライアンが幸せそうに微笑んでいるわ。まるで、眠っているみたい。私たち、幸せだったわね」  そんなマリィに妻のカリーナが近づき、そっと抱きしめた。 〈了〉
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