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Ⅰ 決意
「もう限界よ、もう無理」
そう言って泣き崩れる妻の姿に、男は実行するべき時が来たことを悟った。
悟ったのなら、すぐに実行せねばならぬ。
号泣した妻の様子を見る限り、一刻の猶予もない。
男は家の端にある父の部屋に向かった。
父は窓際に置かれたベッドの上に座り、ぼうっと窓の外を眺めていた。
生気が一切削がれていて、何の表情も浮かんでいない。
父の気持ちが、今この場に何も無い事を男は随分前から知っていた気がする。
それなのに今まで何もしなかったのは、微かな希望があったからだ。
もしかしたら、いつか以前の闊達な父親に戻るかも知れない、と。
闊達だった父をこんな風にしてしまったのは、男の過ちだ。
牧場を営んでいた父が、牛に足を踏まれて骨折した時に、「何をしているんだ! 年なんだからもう仕事はやめろ!」と怒鳴り、父から牧場を取り上げた。
牧場を続けたいと言っていた父だったが続けるには自分が老いていると、知っていたのだろう。
母に先立たれ、一人で暮らしていた家で、家族と呼べる者は牧場の牛や山羊たちだったかもしれない。
父が大事にしていた牧場と動物たちを、男は売り払ってしまった。
おとなしく息子の家にやって来た父の様子が変わったのは、ひと月を過ぎた頃だったろうか。
家に来たばかりの頃は、寂しそうではあるけれど、少しは妻や自分と会話をしていた父は、まったく話さなくなっていた。
リビングにも降りて来ず、ただぼうっとしている。
そして言葉なくふっと出かけ、帰り道が分からずに迷子になってしまい、町の警察署で保護され、妻が迎えに行くことがしばしば起こった。
最初の内は献身的に父に寄り添っていた妻も、一日の内に幾度と度重なる警察署へのお迎えに辟易したようだった。
「私はお義父さんのお迎え付き添い係りになりたいわけじゃないわ。選んでジェームズ。私かお義父さんを!」
泣きはらして真っ赤になった瞳で妻のカリーナに迫られれば、決断は一つしかない。
男は妻を愛しているからだ。
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