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わたしたちは、付き合ってから十年が経つ。
沢山の楽しい思い出を共有して、沢山のドキドキを経験して、ちょっとのケンカをしながら、十年が経つ。
それなのに、まだ、直人は彼氏のままだ。そして、わたしは彼女のままだ。
吐く息が白い。今日はクリスマスだ。そして、わたしの誕生日でもある。
わたしと直人は、二人で遊園地のクリスマスイルミネーションを見に来ていた。二人で電車に乗り、満員の車内で人に押し潰されながら、遊園地にやって来た。
わたしは手を繋いで歩く直人の横顔を見る。赤鼻になっていて、かわいい。頭には、わたしが無理矢理つけたトナカイのカチューシャがあるので、赤鼻のトナカイそのものに見える。
その鼻先を悪戯でちょんと触る。
「つめたッ!」
言いながら、即座に直人もわたしに反撃を仕掛けてくる。鼻をちょこんと、優しく触られる。
「つめたいよ~!」
直人がにしし、と歯を見せて笑う。その笑顔を見て、自然と笑顔になってしまう。
でも、わたしの中にはもやもやが渦巻いていた。
付き合って十年。随分と長い時を、直人と一緒に過ごしてきた。
けれど、直人は、まだ、わたしにプロポーズをしてくれない……。
付き合って十年だ。もうプロポーズの言葉があってもいいんじゃないかって思い始めていた。
こう思うようになった原因は、ドラマなのは理解している。
「十年目のプロポーズ」というドラマが最近、大流行している。動画配信サイトで配信されると徐々に面白いという声が広がり、気が付けば、誰もが知る恋愛ドラマになっていた。
そのタイトルと内容が自分の現状とリンクしてしまい、もやもやを抱くようになってしまった。
わたしは咄嗟に顔を背けた。このもやもやは直人にだけは言ってはいけない。だけど、もやもやが口から漏れ出そうで怖かった。
ううん、本当に怖かったのは、それを口にしたことで、直人との関係が壊れてしまうことだ。
だから、絶対に口にしてはいけない。
そう思っているのに、いや、そう思っているからこそ、視線は周囲の家族の姿を追ってしまう。仲睦まじい夫婦と旦那さんに肩車をされてにこにこ笑う男の子の姿が眩しい……。
わたしも直人とあんな風になりたい。彼氏彼女じゃなくて、もっと強く繋がっていたい。
気が付けば、遊園地のクリスマスの名物でもある巨大クリスマスツリーの前に来ていた。
全長は何と三十メートルにもなるそうだ。
でも、それ以上に目に入ってくるのが、家族の姿だった。家族以外にも、わたしたちのようなカップルや、学生の仲間同士で楽しんでいるであろうグループがいくつもあるのに、家族しか目に入って来なかった。クリスマスツリーすら、視界の端にしか存在しない。
「……どうした、花音?」
直人がわたしの顔を覗き込む。
「え、別にどうもしないよ?」
心と裏腹な言葉が出る。だけど、感情は漏れ出てしまった。わたしの頬に一条の涙が伝う。
「どうした!? なんで泣いてるんだ!? 俺、何かしちゃったか?」
直人があわてふためいた。
だから、わたしを首を横に振った。
「直人は、何もしてないよ」
その言葉を口にした途端、心の中のもやもやが一気に爆発した。
……直人は、何もしてない。
……直人は、わたしに何もしてない。
……直人は、わたしにプロポーズをしてくれてない。
自分の思考回路が完全におかしなことになっていた。連想ゲームをしていたってこんなひどい連想にはならない。
だけど、もやもやが積み重なり、いつの間にか思考回路が壊れていたらしい。
突然、頭に広がったその感情は、わたし自身でさえ混乱した。そのせいで、制御が効かなくなっていく。
「……ねえ、直人。直人はわたしといて楽しい?」
「本当にどうしたんだ!?」
わたしの視線はどうしたって家族に向いてしまう。
あの夫婦は付き合って何年でプロポーズされたのだろうか。
多分、十年なんて期間は経っていないはずだ。もっと短い期間で、プロポーズされているはずだ。
それなのに、わたしはプロポーズされない。
プロポーズされないわたしは……。
刹那、感情がショートした。
「ねえ、どうしてプロポーズしてくれないの?」
自然と口から零れ出てしまった。感情が溢れ出してしまった。
そのことに気が付いたわたしは、慌てて口を手で押さえる。
混乱した思考が、わたしの制御下に戻っていく。だからこそ、嫌でも理解してしまう。
やってしまった……!
「ご、ごめん! い、今のは忘れて!」
わたしは顔面から、全身から一気に血の気が引くのがわかった。一刻も早く、ここから逃げ出したかった。直人の前から、消えてなくなりたかった。
踵を返す。そして、わたしは猛然と駆け出す。カップルや家族、仲良しの学生たちの合間を縫い、必死に逃げる。人込みがひどく、わたしは半ばタックルするように進んでいく。
「花音!」
直人の叫び声に後ろ髪を引かれる思いがしたが、振り返らず、わたしはあらん限りの力を使って、直人から逃げる。
何で、こんなことになったんだろう……。
自分のせいだとわかっている。自分のせいでしかないことは、わかってる。
涙が、止まらなかった。
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