その愛情表現は間違ってると思います。

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 ケリーは庶子である。  母が亡くなり、父であるブルベリー男爵に引き取られた。  八歳の時、初めて異母兄を見た時の印象は怖いの一点。  実際、彼は厳しくケリーに当たった。  それはケリーの義母の男爵夫人が驚くほどだった。  食事の作法が間違っていれば、嫌味をいい。  家庭教師から質問され、答えられなければ嘲笑した。  ケリーは負けん気だけは強かった。  兄に馬鹿にされたくない、その一心で努力し、二年後には立派な貴族子女に見えるようになっていた。  お茶会などは兄と一緒に参加。  まるで監視しているかのようにずっと傍にいる兄がケリーは苦手だった。  しかも、兄は容姿が優れていて、ケリー以外には優しい。  いわゆる外面がよかった。  おかげで、お茶会で令嬢に囲まれることが多く、ケリーはそれに巻き込まれる。  一度ケリーを庶子だと馬鹿にした令嬢が、兄にひどく怒られたことがあり、ケリーは令嬢から表立って意地悪されることはなくなった。しかし、兄が席を外すと嫌味な言葉をかけてくる。  妹といっても、意中の人の傍にいれば邪魔に思う令嬢は多い。  ケリーは絡まれるたびに、その通りですね、私もそう思います、などと返し、令嬢の口撃はあっという間に勢いをなくす。  そうしていると兄が戻ってきて、何かあったのか聞かれる。  けれどもケリーは一度も兄に泣き言を言ったことがなかった。  ケリー十二歳、兄十四歳。  兄は学園に通うことになった。  屋敷と学園は馬車で一時間ほどの距離がある。  ケリーは兄が学生寮に入ると予想して、喜んだ。  しかし、兄は毎日屋敷から通う。しかも友達付き合いもないのか、彼はいつも決まった時間に戻ってきた。 「今日はどうだった?」  兄はケリーに毎日聞く。 「何ごともありませんでした」  兄に学園生活を聞けばよいのだが、ケリーは兄との会話が苦手だった。だから、会話はいつも短く終わらせることにしていた。  ケリーが十四歳になり、学園入学の日がやってきた。  彼女は学生寮を選び、これで兄から逃れられると喜んだ。  ケリーが一年、兄が三年。  兄は突然、寮に入った。  ケリーは気を失いそうになった。  しかし、男子寮と女子寮は離れている。  女子寮は基本男子禁制だ。  なので、ケリーは兄のいない寮生活を楽しんだ。  そして学園生活も。  彼女は恋をした。  お相手は第二王子のレオンだ。  眼鏡に細面の中性的な兄に対して、レオンは男性的でケリーは心を奪われた。  婚約者がいるにも関わらず、ケリーは果敢にレオンに近づいた。 「ケリー。殿下に近づくのはやめなさい」 「お兄様、それは聞けないわ。私はレオン様のことが好きなの。見ているだけで胸がドキドキして、泣きたくなるの。こんな気持ち初めてなの」  兄とまともな会話をしたのはこれが初めてだったかもしれない。 「そうですか。それでは」  兄は少し項垂れた後、くいっと眼鏡を指で押しやる。  これは兄の癖であり、何を言われるのかとケリーは身構える。 「殿下のお茶会に君も招待してあげよう」  兄の言葉を最初ケリーは理解できなかった。 「どうしたのですか?嬉しくないのですか?」 「う、嬉しいです。ありがとうございます」  兄に対して感謝したのは初めてで、ケリーは自身では気づかなかったが微笑みを浮かべていた。  それを兄が嬉しそうに目を細めたのだが、彼女が気が付くことはなかった。  ケリーは第二王子レオンのお茶会に参加して、彼と話そうと試みた。もちろん、お茶会にはレオンの婚約者であるヴィクトリアも参加している。ヴィクトリアは伯爵令嬢であり、男爵令嬢のケリーが敵うような相手ではない。  そもそも男爵子息の兄がこの場にいること自体が奇妙なのだ。彼は成績優秀で、レオンに目を掛けられていた。だからこそ彼はレオンのお茶会に参加できたのだ。  ケリーは参加できるだけで幸運。  なので、誰の邪魔をせずニコニコ笑っているのが正解。  しかし、彼女はヴィクトリアを遮るようにレオンに話しかけた。それがレオンの癇に障り、彼女は彼を激怒させる。  ケリーは努力家であるが、少しばかり自信家だった。また空気を読むことを知らず、周りの空気が凍り付いていることに気が付かなかった。そのような妹を連れてきたことで、兄の評価は下がり、レオンは兄を傍に置くことをやめた。  多くの生徒たちはケリーの浅はかな行いを責め、兄に同情した。 「……お兄様。申し訳ありません」  こうなってやっとケリーは自身がしでかした事に気が付いた。  男爵である彼が王族の傍にいられたこと自体が奇跡だったのだ。  家名はケリーの評判と共に落ちていく。  男爵はケリーの嫁ぎ先を探すようになったが、第二王子の怒りは社交界に広まっており、なかなかよい相手は見つからない。  来る縁談は、問題のあるものばかり。  かなり年上、性格に難があるもの、容姿が恐ろしく醜いもの。 「……私はレオン様が好きだっただけ。それなのに」  自分の向こう見ずな行いが、家の評判を落としている。  そのおかげで使用人たちの態度も冷たくなってきていた。  彼女が庶子であるは知られており、この問題が起きるまで、皆考えないようにしていたらしい。兄の厳しい小言で彼女が貴族令嬢らしく成長していったこともある。  しかし、噂が噂を呼び、男爵のやっていた商売にも影響が出始めて、皆がケリーを煙たがる。  なのでケリーは屋敷に戻ることはなくなった。  かといって寮でも過ごしにくい。 「……どうしようかな」  誰かの傍にいると虐めの対象になり始めたケリーは、一人で過ごすことが多くなった。 「ケリー。私と隣国へ行きましょう」  そんな中、兄だけがケリーに構った。 「お兄様。留学はお兄様だけで。私はこれ以上誰の負担になるわけにもいかないわ」  学園にいても屋敷にいても彼女には居場所がなかった。  それなら、彼女はどこかに行ってしまおうと思っていた。  それは兄と一緒ではない。 「……隣国に私の本当の両親がいるのですよ。だから会いに行こうかと思って」  兄の突然の告白を、ケリーは理解ができなかった。 「ケリーは知らなかったのですか?私は父と母の本当の息子ではありません。私は孤児なのですよ」 「こ、じ?」 「ええ。そうです」  兄はにこりと微笑む。 「でも、どうして」  それであれば、幼い時からの仕打ちはなんだったのかとケリーは首を傾げる。 「私は君に立派な令嬢になってほしかった。これから貴族として生きていけるように。礼儀を知らない者は皆に侮られますから」  兄は眼鏡を取って、ケリーを見つめる。  彼の素顔を見たのは初めて、その美しさに息を止めてしまう。 「貴族らしくなろうと、眼鏡をかけたりしました。頭よさそうに見えるでしょう?」  眼鏡をかけないほうが、貴族らしいのではないか。  ケリーはそう思ったが口を挟まなかった。 「入学して調べたのは自身の出生のことです。そうして、わかったのです。私は王族の庶子だと」  眼鏡をかけなおし、兄は口元をゆがめる。 「王子は好きですか?ケリー」  そう言われ、ケリーが思い浮かべたのは第二王子レオンのことだ。 「君は昔から王子様が好きだったしょう?」 「お兄様!」  レオンのことではない。  彼はケリーの小さい時の話を思いださせた。  小さい時、一度だけ、王子様の載っている絵本を兄に見せ、カッコいいと言ったことがあった。兄はいつも通り覚めた反応だったので、ケリーは今の今まで忘れていた。 「だから、君は殿下を好きになった。彼は王子だから」 「ち、違います」  確かに王子様にあこがれた。  しかし、彼女は好きになったのはレオン自身だ。声、顔、微笑み。それは彼女の理想だった。  そうレオンの顔を思い浮かべ、ケリーはふと気が付いた。  彼女が好きだったレオンが誰を見て、微笑みを浮かべていたかと。  ケリーはレオンがヴィクトリアと一緒にいる姿が好きだった。愛しい人を見つめる視線、甘い口元はケリーを虜にした。 「……そうだったのね」 「やはり、ケリーは王子様が好きなのですね」 「お兄様。それは違います。今私は気が付きました。私はレオン様がヴィクトリア様に向ける笑顔が好きだった。その声も、視線もすべて」  思い出すと心が温かくなる。  けれども彼の視線はいつもヴィクトリアに向いていた。  そしてそんな彼をケリーは好きになった。 「馬鹿だわ。私」  何を勘違いしていたのだろうとケリーは一気に脱力して、長椅子の背もたれにもたれかかった。 「ケリー。私と一緒に隣国へ行きましょう」 「お兄様。それはできません」 「なぜ?」 「お兄様、家をどうするのです」 「心配しなくてもいいのです。両親は理解してくれてます。あの方たちは、私の気持ちを知っていたし、もう出生のことは話してありますから」  兄はケリーの隣に座り、彼女を至近距離から見つめた。 「君が連れてこられた日、私は嬉しかった。この国では生きづらいでしょう?さあ、私と行きましょう」  彼がそう言い終わると待っていたかのように数人、姿を見せる。 「シュナイダ様、お時間です」 「ケリー。おいで」  兄は立ち上がると、ケリーに手を差し出す。 「お兄様」 「兄ではないのですよ。ケリー」  彼は手を差し出さないケリーの両脇を掴み抱き上げると、そのまま荷物のように彼女を抱きかかえてしまった。 「お兄様?!」 「だから兄ではありません。ケリー」 「あの、離してください!」  細身な彼にどんな力があるのか、彼はしっかり彼女を抱えている。  しかし、ケリーからしたら怖い以外何もない。 「嫌ですね」  ほぼ誘拐状態で彼女は学園から連れ出される。    これだけの騒ぎにも関わらず、公式に兄とケリーは忽然と学園から消えたことになっていた。  その二人の行方を知るものはいなく、二人の子供を失ったブルーベリー男爵夫妻は嘆き悲しんだ、と社交界では噂されている。 ☆ 「お兄様。だから」 「またお兄様って言いましたね。今度の罰は何にしましょうか」  ケリーは兄、いや、隣国の第三皇子シュナイドによって軟禁されている。 「チョコレート地獄をまた味わいますか?」 「殿下。それは全然罰になっていません」 「そうですか?」  シュナイドの傍で冷静に突っ込みをいれるのは、ナイールだ。彼は学園の留学生であり、シュナイドの良き理解者だった。彼によってシュナイドは自身の出生を完全に知ることができた。 「小さい時の反動かわかりませんが、甘やかすのはよくありません」  ナイールの言葉にケリーは大きく頷く。  何も知らなかった、自信家のケリーはそこにはいなかった。  今では空気を読むこともできる。  なので、自分が今どのような格別な対応で、特殊な状況下か理解していた。 「……シュナイド殿下。居場所のなかった私を、学園からあの国から救いだしていただいたこと感謝します。私はこの国で一人で頑張って生きていく予定なのでご安心ください」  すでにナイールに頼んで、いくつか働き先を見つけている。 「ケリー。なぜですか?君は王子が好きだったではないですか?私は第三といえども、王子。だめですか?」 「とんでもありません。おそらく殿下は責任を感じているのではないですか?大丈夫です。あなたに教えていただいたことのおかげで、今の私がいるのです。だから」 「だめだ。君は私の妻になるのです。会った時から決めていましたから」 「え?」  それはケリーではなく、ナイールから出た驚きだ。 「いやいや、会ったのは八歳でしょう?それオカシイですよ。殿下」 「私はあの時十歳でした。甘い初恋でした。」  恍惚と語る兄、ケリーがシュナイダから逃げなければと思ったのは本心だ。  ナイールと目を合わせ、お互いに頷き動く。  しかし、今日も失敗した。 「ケリーが心変わりするまで、待ちますから」  兄、シュナイドへ、気持ちが傾きかけているのは事実だ。  けれどもケリーは自身の気持ちに自信が持てない。  もしかして、王子という身分の彼に恋をしているかもしれない、そう思っているからだ。  なので、いつでも屋敷を出れる準備をしつつ、今日もシュナイドに囲われている。 END  
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