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「こらっ、ママの言うこと聞きなさいっ」
弘美(ひろみ)が、また『ままごと遊び』をしている。
「お母さんの言うことも聞いて欲しいなあ」と、美紀(みき)は愚痴ってみた。
まとめて結い上げるために伸ばしている髪が、育児の騒がしさで乱れている。
人形は高さ30センチくらいで、洒落た帽子に栗色の髪に大きな瞳と
小さな鼻と小さく微笑んだ唇。
裾の広がったドレスで、小さな両手がポーズを取って固定されている。
いわゆるフランス人形に『みひろ』と、名付けて、弘美はママの役だ。
現在、二月、四月には小学生。
そんな五才児が、いまだにままごと遊びをするのは美紀には不安もあった。
『みひろ』は、どうやら『弘美』から文字ったらしい。
夫の正雄(まさお)が誕生日プレゼントにと買ってきたモノだが、これは
飾る人形だ。
弘美は小さくて手足の細い着せ替え人形を望んでいたのに、夫は
『お人形がほしい』という弘美のリクエストに、間違えて買って
しまったのだ。
だけど弘美は気に入ってくれた。
「お父さん大好き!いつでもそばにいてね」と、上機嫌だった。
その後、とてつもない悲劇も起きてしまって。
だからこそ弘美は人形を手放さなくなった。
幼稚園にも連れていこうとするので「みひろちゃんは生まれたてだから」
という理由をつけて家に置いた。
すると幼稚園で「みひろちゃん、さびしがってないかなあ」
と、そればかり言っていたそうだ。
それは妹ができたみたいな感覚かと思ったら『あたし育てる!』などと
言い出した。
服を脱がせれるタイプではないので、風呂に入れるのをやめさせた。
「みひろちゃんは、お風呂が苦手なのよ。弘美もしたくないことあるでしょ」
そう言い聞かせた。
眠るときは隣に寝かせて布団をかけて、ポンポンと軽く叩いてあやす。
母親が弘美を寝かせるときにやっていたように。
朝に歯磨きさせようとしたときも「みひろちゃんは、しなくてもいいの」
と、止めた。
テーブルに着くと、赤ちゃんのときに使っていた椅子を持ってきて隣に
座らせて、自分のぶんの食事を食べさせようとする。
「どうして、食べないの?みひろちゃん、食べないと大きくならないよ」
と、人形の口に無理矢理に押し付けるから、口元がベタベタになっている。
「ミルクを飲ませる人形とかあったよね?買ってこようか。
それじゃあ不便だろ」
美紀がティッシュで人形の口を拭いていると、正雄が言ってきた。
そこで弘美が言い返してきた。
「みひろちゃんはミルクも、りにゅーしょくも、そつぎょーしてるよ!
ほら、みひろちゃん、ふつうのごはん食べて!」
ミルクも離乳食も食べない?何才の設定なのだろうかと美紀は首かしげる。
「弘美、みひろちゃんは恥ずかしがり屋だから、みんなと一緒にには
食べないんだよ。夜に暗くなってから、食べてるのよ。だから大丈夫」
美紀がなんとか説得しようとする。
「そうなんだーっ、おばあちゃん、孫のこと、よくわかってるねーっ」
「おっ、おばあちゃん?私が?」
「ママ、みひろのことわかってあげられなくて、ごめんね」
思いやりのある子で間違いはなさそうだ。
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