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「おはよう、賢治。瀬田さん。それと珍しいわね?引水さんも一緒なんて 」
「おはよう、灰塚。友達に呼び出されて早く来たら、たまたま一緒になったんだよ」
「おはようございます!灰塚先輩!」
「おはよう、引水さん」
「灰塚さん、その足元のお地蔵様は何なの?」
「これね?去年の〈 地蔵祭り 〉で使用されたお地蔵よ。祭りの時に中に何か入ったみたいで、お祓いを頼まれたの」
〈地蔵祭り〉
地元で行われる夏祭り。地蔵が神輿となって町を練り歩く。昔、飢饉や疫病で亡くなった子供たちの魂を鎮めるために始まった祭りだ。
あぁ、祓い屋さんに来た依頼だったのか。そうだよね。いくら荒唐無稽な灰塚先輩でも、さすがに勝手に持ってくるなんてことはなかったか。
「ちなみに、何で学校に?」
「賢治に任せてみようと思って」
「学校にそんなもの持ってくるなよぉ。大体、任せるって言ったって、お地蔵様なんてどうしたらいいか……」
「あなたの腕を買ってるのよ。私がやるより、早いもの」
「そんなことないと思うけど……。そもそも、祓い屋じゃないし」
地蔵の前に腰を下ろし、しげしげと眺める。
ー ふわり……
「ん?……スンスン……」
先輩が腰を下ろして地蔵を眺めている時、ふと鼻をくすぐる匂いがした。
「スンスン……。んー?」
「あら?何か気になる?」
「なんでしょう。ちょっと……匂いが……」
周りを見渡すが、特に何か目に映る様子はない。
匂いの正体が分からず首を捻っていると、灰塚先輩が面白いものを見つけたように目を細めて笑った。
「そう。賢治は何か視えた?」
「中に入ってるのは、子供の霊だね。五、六歳の男の子。ただ、何が目的なのか分からない。ずっと黙ったままだ」
光の反射の具合だろうか、その瞳が淡い蒼色に見えて幻想的で綺麗だ。
大林先輩は俗に言う〈人ならざるもの〉が視える。それは先祖代々受け継がれてきた力らしいが、今はその力を使って、霊の浄霊をお手伝いする活動をしているらしい。将来はその力を活かせる“宮司さん”になるべく、進路を決めたようだ。
大変そうだけど、先輩ならできる気がすると話を聞いた時、私は迷わずそう思えた。
「引水さんは?」
「えっ?わ、私ですか!?」
先輩の瞳の色に見惚れていたら、振り返った先輩と目が合う。先程まで見えていた蒼色は日本らしい黒目に変わっていた。
「ほら。僕の眼は霊の姿を写すけど、引水さんもさ。わかるでしょ?」
とんとんと、自身の鼻を指先で示す。
鼻……。そう。私は人ならざるものの匂いがわかる。理屈は分からないけど、昔からこの鼻は常人が感知しえない香りを捉えることができた。
大林先輩が〈霊視能力〉を持っているとするなら、私は指図め〈霊臭能力〉といったところだろう。
「何を感じたか、教えてもらっていい?」
「えっと……あの……」
皆の視線が集まる。心做しか、地蔵にも見上げられている気がする。その期待に満ちた視線が四方から刺さる。
私はいを決して、今し方感じた匂いからイメージする“物”を口にした。
「焼きそばです」と……。
朝の澄んだ空気に漂っていたのは“香ばしい焼きそば”の香りでした。
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