メイドテラリウム

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 それは、あまりに残酷で……。  それは、あまりに醜くて……。  床に落ちた苔のテラリウムには、カビと虫の巣だけが残っていた。 「ご主人様、いってらっしゃいませ」 「やっぱ、メイド喫茶のじゅなタン最高だったお」 「お! お! お!」  今日は、いつもと違う道を通って帰ろっと!  明日葉メイド喫茶へ抜ける裏道は、少し薄暗いのを除けば、実家との往復に最適な近道だ。  廃屋や閉鎖した何かの施設が、不気味に林の茂みから覗いてはいるがそんなものはお構いなし。  それくらい週二回の癒しは、どんな処方薬よりも精神を安定させてくれるって訳。  ちなみに、僕の推しは、じゅなタン。  黒髪ストレートに少し吊り上がったパッチリおめめ。お餅のような白い肌に、少し筋肉質な細い足。  そして何よりも、ちょー優しくていい子なのだ! 「みなぎってきた! この勢いで積みゲーでも消化しよっと」 「育斗、お帰りー」  ちっ! そっと玄関から入っても気づきやがる。  どんだけ地獄耳なんだよ、ババァは。  我が家はまるでお化け屋敷かゴミ屋敷。  いつ見ても我ながら大したものだと思う。  玄関から足の踏み場もない床を、忍者のように抜き足差し足で2階の部屋まで行くのだから。  電気をつけると、いつも見慣れた二次元の嫁達が壁一面に出迎えてくれていた。 「おかえりなさいませ、ご主人様」  これは、僕にしか聞こえない嫁達のおもてなしね。  でも、じゅなタンは別格。  三次元の嫁はじゅなタンだけ。浮気なんか絶対にしませんよ。 「あー、やっぱなんかゲームって感じじゃないなぁ。来週のじゅなタンの出勤表でも見とくか」  机の上に乱雑に散らばる若かりし日の宝物は、もうゴミと化していて、視界に入れる間もなくパソコンの画面に食らいつく。 「えーと、じゅなタンはと。どれどれぇ…… まじか。3週間も休みじゃん」  どゆこと?  なんでなん! 聞いてないよ!!  明日から3週間。僕はどうすれば、まともに生きていけるんですか……。  気のせいか、見上げた天井に並ぶ二次元の嫁達が、僕を失笑しているように思えた。 『ピンポーン ピンポーン』 「宅配便でーす」  もう。布団にうつ伏せになって、枕を濡らしているこんな大事な時に一体何を持ってきたというんだ?  せめて、この惨めなオタクニートに、慰めの一品でも差し入れてくれる天使か何かであれ。 「ここに受け取りサインを」 「はい。どうもありがとうございます」  んな訳ないわな。  でも、待って。こ、これって……。 「メイド仕様のおにゃの子ではないでしゅかぁ!」  可愛いお! 好物だお! このクオリティはやばい!  一体これはどこのメーカーのやつだっけ? ていうか、これ何のアニメのキャラなんだっけ?  荷主すら書いてない荷物の箱を舐めまわすように見ても、詳細はなにも分からない。  そもそも、最近フィギュアすら買った記憶もない。  少し大きめのビンに入れてある美少女は、白いメイド服を纏い、敷き詰められた苔の中央にあるベッドに座っていて、その見事な肌の質感はまるで生きているかの様で。 「ねぇー! 育斗! そろそろご飯よ! 降りてきなさい」  あーもう、うるさい! うるさい! もう来るな来るな、後で一人で食べるって。  ゆっくり昇ってくる足音がドアの前で止まった。 「あんたね、いつまでそうやって部屋にばかりいるつもり? 母さんはね、心配なんだよ。ずっと自立もせず、ほとんど引きこもったままのあんたが……」  また始まった……。 「自分でネットで稼いでるんだから自立は自立だろ! 誰にも迷惑かけてないじゃんか!」 「でも、身の回りのことが全然できてないじゃないの。もう、歳も歳なんだし。そろそろ、いい相手でも見つけなきゃ……」  どこぞの家族ドラマで見たような光景が35歳の身に染みる。 「もう、とにかく。晩ご飯ここに置いとくからね」  母親がいなくなったのを見計らって、半開きにドアを開けると急いで床の晩ご飯を引き込んで鍵をかけた。  今日のおかずは、市販のみそ汁とハンバーグか。一昨日も食った気がする。 『グゥ…… グゥ……』  ははは。でもお腹の虫だけは正直にいただきますをする。 「あぁ…… お腹、ちゅいたでしゅ……」  そうそう、お腹の虫もとうとうしゃべりだすっていうね。  ……えっ?  もちろん、お腹の虫がしゃべるはずもなく。それは確かに、僕の後ろの枕元あたりからはっきりと聞こえた。  でも、振り返ることが出来ない。  だって。そこには、ビンに入った美少女フィギュアしか置いていないはずだからだ。 「メイド…… テラリウム?」  恐る恐る箱に入れたままのビンを手で持ち上げると、取り扱い説明書が下に敷かれていた。  そこには、メイドテラリウムという商品名とお世話のやり方が書いてある。  1. お水を毎日あげること。綺麗好きなので少量を朝晩二回。直射日光を避ける。  2. 食事はお昼に一回だけ。与えすぎるとお腹を壊し体調不良になることもあります。  3. 何かしらの病になった時は、付属の専用の薬を使用して下さい。(三ヶ月分)  4. もし、本体が重度の症状で回復の見込みがない場合、直ちに処分をお願いします。  ※適正な処分方法は、粗大ごみで問題ないです。  5. リサイクルショップやフリーマーケット、ネットオークションなどでの販売、または他人への譲渡はご遠慮下さい。 「ふーん……」  テラリウムって言ったら、確かビンに入れた苔や植物を育てる観賞用のやつだよな!? 「そうなの。よろちくおねがいちまちゅ」 「おわっ!!」  ぼぼぼ、僕は見たぞ。今、間違いなく、ビンの中の美少女フィギュアが口を動かしてしゃべった。  あ、そうか! なるほど、わかったお!   きっとこれは、最先端のAI技術か何かを搭載した、リアルタイムの自立思考型会話用おままごとフィギュアなのではないか? うん、たぶんそうに違いない。オタクニートの勘はそう言っている。  ははーん。さては、親父の仕業だな?  机の思い出グッズの中に埋まったまま、顔を覗かせている白衣姿の親父の写真が笑っている。 「よっ、さすがは未知の粘菌研究でノーベル賞をとっただけのことはある。今頃、世界を飛び回って研究に没頭しているに違いない。現地の美味しいお店に絶景見放題、高級ホテルで旅行気分ってな具合か」 「ああーー!!」  家族ほったらかしていつまで何やってんだよ! あのクソ親父は!!  こっちは、ゴミ屋敷でずっとクソばばぁとスーパーの冷凍食品生活してるってのにぃ!!  どんなに偉いかは知りませんけど、あなたの研究は多大なる家族の犠牲の上に成り立っているってことを分かっておられますでしょうかね?  写真に写る親父の笑顔が、またも、うすら笑っているようにしか見えない。 「まぁまぁ、だんなちゃま」  おっと、さすがリアルタイムのAI会話機能。あまりにも自然な反応すぎんだろ。  どんだけ、人の心情を予測して分析してんだ? 一瞬、恐怖すら覚えたぞ。 「お腹…… ちゅいた」  うおー。内臓器官まで精密に作られている高精度フィギュアなんだね? 一体どういう原理で動いているんだ? バッテリー式か、それとも電池式か。  ビンをぐるりと回して見てみるが、そんな差し込み口も電池を入れる箇所も見当たらない。  そういや、薬がどうとか? 病がどうとか書いてあったな。  僕は一旦、頭の中を整理してみた。  結論からいうと、どうやらこれは、生き物で。  こうして、僕はこの小さな美少女の生き物係をするはめになった。 「それ白いの。これ、ちゅき」 「おいちい…… この黒いのちゅき」 「ぷはぁー。これもちゅき」  はいはい。ものすごい飲みっぷりだこと。俺のご飯の半分くらいはこいつが食ってるぞ。  あ、でも。そもそもこいつに人間の食べ物与えてもよかったのか? 腹減ったとかいうから流れであげちゃってるけど。  お腹が満たされたのか、小さな美少女はお腹をさすっている。 「げふっ」  おい、それは美少女がやっちゃダメなやつなんだお! 許されないんだお! 「お水、お水がほちい」  お、お水? ああ、確か朝晩2回とかだっけ?   どうすっかなぁ…… 考えたあげく、空だった胡椒の容器に水を入れて、頭の上から少しずつ注ぐことにした。 「ちょ、ちょっと」  どうした? お前の大好きな水浴びだぞ。ほら、遠慮なく浴びるがいい。ほら。 「いやだ。びちょびちょ、いや」  ん? こやつはなぜ拒否る? なにかやり方が間違っているのか? 「ふく。いらない」  ふ、服ぅ!!  こ、この小娘はこともあろうか、この変態紳士の称号を持つ僕に、服を脱がしてくれと言っているのかぁ!   このバカ者めぇ!すぐやらせていただきます。 「い、いたい……」  ぐふっ。ふんぬふんぬ。なかなか、このメイド服。サイズがキチキチで上手く脱がすことができない。  そしてついに、純白のシルクのようにきめの細かい肌を露にしてしまった。  ああ。これは、変態紳士とはいえども罪深い。 「ちゅ、ちゅめたい……」  そーっと、そーっと水を優しくかけてあげる。肌で弾いた水滴がビンの中の苔を湿らせていく。  ベッドは思いっきり濡れているけど、それはいいのね? 「ふきふきしたい」  ふきふきっつったって、どうしよう。部屋にあるティッシュくらいしか拭く物がないけど。  一階にバスタオルを取りに行くとババァに怪しまれるのがオチだしな。 「さむい。はなみじゅでる」  ああー。もう仕方ない。ティッシュを十枚ほど手に取ってビンに投げ入れた。 「ひっちゅく。とれない」  もう、手間のかかるメイドだこと。その肌に触れていいものか、まったく僕は罪づくりな紳士だ……。 「あんまり、みないで」  見ないでって、どうやって取れってんだよ! 薄目でですか? こうですか? どうですか?  わずかに見える視界で、何とか肌に張り付いたティッシュだけをむしり取っていく。 「ありがと」  かわいい……。  てか、なんでご主人様がメイドの世話をしてんだよ。普通逆だろ。  つぶらな瞳がうるうると僕を見つめる。  そういや、こいつに名前くらいつけてあげないとな。説明書には名前なんて書いてなかったし。  うーん、何にしようかな……。 「はくちょん!はくちょん!ふく。ちゃむい」 「あ、ああ。ふ、服ね。待って待って」  くしゃみが酷いな。胡椒の容器で水をかけたのがまずかったかな……。  それに、服も洗濯しなきゃダメだよなぁ。だけど早く着せないと風邪でも引かれたらこまるしな。  次の水やりまでには対処法考えとかないとな。 「い、いたい」 「ご、ご、ごめん」  なんか、さっき脱がした時よりもサイズがきつくなってないか?  メイドテラリウム。まさか…… 育ってるのか? この短時間で?  まるで成長スピードは植物といわんばかり。  やっぱり、ご飯がNGだったのかも。  何とか腕を通して、後は背中のファスナーを上げるだけなんだけど、途中から上がっていかない。  次の水やりを一回パスすれば、少しは縮むのかな?  揺れるメイド服のスカートのフリルから、何かタグのようなものが、少し飛び出している。  ファスナーは諦めて、そのタグをめくってみた。  そのタグに書かれた文字をみた時。  僕は、まるで脳天を雷で撃ち抜かれたようなそんな感覚を覚えた。  そこには、 【じゅなタン用】  とだけマジックで書きこまれていた。  スカートをめくる放心状態の僕を見下ろすように、美少女は振り返りながら視線を合わせてきた。  その見下すような切れ長の目をした横顔は、紛れもなく明日葉メイド喫茶に勤める、推しのじゅなタンそのものだった。 「あぁ。そうとう疲れてんだな僕……」  目は開いたまま、蛍光灯に釣り下がったスイッチの紐に手をかけるとそっと灯りを消す。  メイドテラリウムに背を向けると、毛布を頭まで引き上げた。  最近、睡眠不足だったっけ? もう意識が消える。 「へくちょん!ちゃむい…… へくし」 『ピピピ…… ピピピ……』  んん? あぁ、いつのまにか寝てしまってた。  なかなか開かないまぶたが、窓から差し込む光に反応した。 「もう、朝かよ」  いつものルーティンで椅子に座ると、つけっぱなしのパソコンで地下アイドル【メイドメイデン】の楽曲をモーニングBGMとして流す。 「ふふふん」  そうそう、これを聞きながら積み上がった同人誌を消化するのが一日の始まり。  寝ぼけ眼で、同人誌に手を伸ばすと肘に何かが当たって転がった。  そうだった。僕は生き物係なんだ。  視線をゆっくりと転がったビンに向けた。 「ぜぇ…… ぜぇ…… こほっ」  小さな美少女。いや、じゅなタンから大輪の花が咲いている。 「ああ、ああああああー! じゅなタン、じゅなタン……」  その花は、毒々しい赤い色をしていて、茎には棘がたくさんついていた。 「ごめんお、ごめんお。僕としたことがこんな……」  苔床には菌の胞子がはびこり、ビンの内側にはカビと虫の巣が張り付いて、  次第にじゅなタンの肌は萎れだし、まるで養分を吸い上げるように花弁は広がっていく。 「ご…… ごちゅじ…… んちゃま」  じゅなタンは、今にも消えそうな声で僕を呼ぶ。 「ごめんお! 僕が不甲斐ないばっかりに」  あまりに受け入れられない出来事に、現実逃避を決め込んだ昨夜の僕を殴ってやりたい。 「お、おくちゅり……」  そうだ、そうだね! えーと、お薬は!  急いで水に付属の薬を溶かすと、白く乾いた唇に少し含ませてあげた。 「んぐっ…… はぁはぁ」  気持ちばかりか、じゅなタンの呼吸が落ち着いてきた気がする。  昇っていく朝日が直接当たり始めた。すぐさま本棚の日陰に移動させようとした。 「あぁ、熱っ!!」  テラリウムのビンは、手が火傷するほどの温度になっている。 「待っててよ! じゅなタン」  僕は気づくと、一階の台所の冷蔵庫から氷をかき集めていて、寝起きの母親をスルーして二階へ駆け戻っていた。 「育斗? まぁ、朝からめずらしいこともあるわね。自立の兆しかしら」  部屋のドアの鍵をかける余裕もなく、ビニール袋に入れた氷をビンの外側とじゅなタンの額に当てた。  じゅなタンの体からは、大粒の汗とさっきまではなかったキノコのような植物が生えだしている。 「どうしよう、どうしよう」 「育斗! どうかしたの? そんなにバタバタして」  母さん頼む! 今は、絶対に上がってこないでくれ!!  そんな僕の願いも空しく、階段の軋む音が聞こえだす。 「朝から氷なんか持って行って、風邪でも引いたの?」 「ううん。大丈夫。ちょっと寝起きで喉がカラカラだっただけ」 「あら、そうなの? ならいいんだけど。熱でもあるんじゃないでしょうね?」 「いや、だから大丈夫だって」 「そう、あぁ。少し期待した私がバカだったわ……」  さりげなく暴言を吐くクソババァは、一階へ降りていったようだ。 「あ、ありが…… とう。ごちゅじん…… さま」  それでも、じゅなタンの状態は一向に良くなる気配がない。取り扱い説明書の注意事項が頭をよぎる。  【本体に回復の見込みがない場合は、ただちに処分をお願いします】  そんなこと…… そんなこと出来る訳ないだろっ!! 粗大ごみなんかにじゅなタンを捨てれる訳が!!  生きてんだよ。  僕のフィギュアは生きてんだよ!! 「もう…… いいよ」  じゅなタン…… な、何いってんだよ。こんなんで諦められる訳ないだろ……。  僕のせいなんだよ。これは僕のせいなんだ。これは……。 「なかないで…… わらってくだちい」 「すこちだけだったけど…… ごちゅじんさまといれて……」 「じゅなは…… ちあわせでちた」  なんだよそれ。なんだよそれっ!!!!  僕らはまだ何も始まってないじゃないか……。  テラリウムのビンから取り出したじゅなタンを抱きしめ、僕はいつものメイド喫茶へと走り出していた。 『チャリン……』 「お帰りなさいませ、ご主人様!」 「あれ? じゅなタン指名のご主人様ですよね? 申し訳ないです。あいにくじゅなタンは、しばらくお休みとなっております」 「そ、そんなことは知っている! はぁはぁ…… やっぱりいないんだな」 「あの、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」  僕は、本当はとっくの昔に気づいていたんじゃないか。ずっとただ逃げているだけで。  この出会いは偶然なんかではなかったこと。  メイド喫茶を飛び出し、実家への裏道を抜ける途中の廃屋へと急旋回して向かう。  その廃屋にどこか懐かしさを感じる。割れたガラスの窓から見える壁には、じゅなと僕の名前が書かれた似顔絵があった。 「く、くるちいよ。おにぃ……」  引きこもる前の幼少期の記憶が、わずかに蘇ってくる。  子供を蔑ろにする父、ネグレクト気味な母。廃屋の後ろにそびえる廃れた施設跡。 「こ、こわいよ」  でも、僕の足はもう引き返すことはできない。 「大丈夫。僕がついてる」  施錠された入り口のすぐ右に、地下に伸びる階段がある。気温の差で結露した地下の壁は、冷やりと僕らの熱を奪っていく。やはり。廃墟のはずの施設の地下に明かりがついている。その部屋の扉は開いていて、簡単に中に入れてしまった。部屋一面には、知らない子供たちの写真が張りめぐらされていて、そこにはじゅなの写真も見える。 「お帰りなさい、ご主人様……」  後ろに人の気配を感じた。 「………… 親父!?」  なぜか国外にいるはずの親父が立っている。 「思い出したのかい? どこまで?」  親父の後ろの医療用台車には、医療道具らしき物が光っている。 「育斗。そのテラリウム。もう花が咲いとるじゃないか……」  抱きしめていたじゅなは、すでに球根と化していた。 「ここはね、粘菌の研究施設だったんだ。ずっと前の話だがな。私は、最初は守ろうとした。子供達を。でも、研究者達のプライドと支配者のリテラシーは、欲望の悪魔を前にして崩れ去ったんだ。私はこうして身を隠してまで、希望を絶やさなかった。人間の粘菌培養植物化計画」  親父は奥の保管庫へ僕らを引き込む。  そこには、大量のテラリウムが飾られていた。 「チャイルドテラリウム。この中で、みんな胎児サイズのまま大人に育っていくんだ。ある時思ったんだよ。食物連鎖から逸脱して、他動物をペットにする人間ってなんだろうって。こうして技術が進むほど、人類は退化して腐敗していくのに。だから人間も他動物同様にペット化してその命の冒涜に平等を与えようと思った。ほら、このサイズなら飼いやすいだろ?」  親父の目は焦点が合ってない。 「なーに、心配するな。じゅなの母体は粘菌のおかげで永遠の命を得たよ」  そこには、メイド喫茶の服のままのじゅなが触媒として培養されていた。  その隣にはもう一体、人間らしき物が浮いている。 「でも、不思議なんだよ。一体だけ幼児サイズにならなくてね…… ねぇお母さん」 「本当に困った子だわね。全然成長しないから。いいかげん、自立しなさい」  振り向き際に握りしめられた僕の手には、立派なキノコが生えていた。
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