悪くない引き際

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「バカな(やつ)」にっこり笑って、手を振った。ポツリと呟く。振り返るかもしれないから、張り付けた笑顔はそのままで。 俺は宝石商をやっている。二束三文のニセモノを高い値段で売りつけている。詐欺同然だが、品物があるので大丈夫。取引は成立している。 まともな値段で最初は相応の物を買わせて。信頼を勝ち取っていく。 一度金を払わせると、歯止めが効かなくなる。どんどん深みにはまる。 「でも本人が払いたいんだから、いいよな」 そう、女は俺に安らぎを求めてお金を払いたいと懇願する。俺はただ適当に相槌を打つ。女が望む返事もする。驚いてほしい時は大げさに驚く。 その子の状況に合わせて。話を聞いてほしい相手に出会いたい女はどこにでもいる訳で。 うまく話を聞くと金が手に入る。 慰めの言葉は幾らでも吐ける。 本当にかわいそうだと心から思えるから。 嘘はついていない。 「でももう引き際かなあ」 コロナ禍で対面がままならなくなって、正気に返る顧客が増えてきた。電話やリモートでできる限りフォローしたが、やはり(じか)に会えないのはきつかった。 捕まるような下手はうたないが、トラブルは多くなっていた。 騒ぎがおさまったら、それまで押さえつけられてた反動か、売上は上がったが。 大事(おおごと)にならないうちに引くのもありだな。 片付けながら、考える。 カランカラン、来客を告げるドアベルが鳴り、 「ああ、もう閉店なんですよ」と振り返ろうとした時、チクッと背中に痛みが走った。血がじわじわと広がり、俺は立っていられなくて、崩れおちた。 俺はどうにか顔だけ振り返る。そこにはトラブル解決済みにしてた亜里沙(ありさ)がナイフを握りしめて、真っ青な顔で震えながら立っていた。 「どうして?」俺は笑っていたのだと思う、いつもの癖で。  「幸哉(ゆきや)が悪いのよ、お金返してって言ったのに」 亜里沙が涙を浮かべながら叫んでいた。 「バカだなあ、俺を刺したら、金もっと手に入らなくなるよ」 俺はますます笑みを深めながら、呟いた。 ああ、ここで死ぬのかなあ。 俺らしくて笑える。 《了》
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