盗む女

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夫の芳行の様子がおかしいと感じたのは、いつ頃の事だったろう。 残業で帰宅時間が深夜になる事が増えて……でもそれは、人員整理でその穴埋めをする事が増えたのだという夫の言葉を、私は信じていた。最初は。 仕事柄、芳行は元々出勤や帰宅時間が不規則だったから。 けれどあの日、帰宅した芳行の背広から微かに香水の匂いがしたのを私は感じ取った。 それは姉が使っている香水と同じ香りだった。 ”まさか”と思った。 同じ香水なんて、幾らでも売っている。 けれど。 私は芳行の背広の移り香が、姉からのものであろう事を直感した。 姉はいつでもそうなのだ。今迄だって。 私が持っているものを、何でも欲しがって私から奪ってゆく。 子供の頃からそうだった。 私が大事にしていたレースのハンカチや、綺麗な色硝子の花瓶も、姉は私から奪っていった。 デザインや色使いが気に入っていたアクセサリーや服も、姉は全く同じ物を買って、これ見よがしに身に付けていた。 まるで私より自分のほうが、それに相応しいと言わんばかりに。 だから私は、好きな異性が出来ても、なかなか交際にまでは踏み切れなかった。 好きな相手から申し込まれても、逆に距離を置いて相手を遠去けた。 そんな私を姉は子ども扱いしていたけれど、私は異性と付き合う事が怖かった訳じゃない。姉が怖かったのだ。 姉にまた、大切なものを奪われる事が。 姉は私より美しく、子供の頃から「可愛い」「綺麗」と評判だったし、内向的で無口な私と違って社交的で、何人もの男と付き合っていた。 そして大学を卒業するとすぐに、そのうちの一人の、大きな病院長の息子で外科医だという十歳年上の男性と結婚した。 そして二人の子供を出産した。 妻として母親として、少しは落ち着くだろうと誰もが思っていたし、実際にそう見えた。 それでも私は、これといった、自分が魅力を感じる異性とは付き合う気にはなれなかった。 何人かの異性と付き合った事はあるけれど、それらは私にとって、どうでもいい男ばかりだった。 可も無く不可も無く、私は姉に奪われても構わない男としか付き合えなかったし、一生結婚する気も無かった。 そう。芳行と出会う迄は―。
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