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自転車を停めている時すでに、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
苗がすごいある!
中には木と思しきものもあり、駐輪場から降りたわたしは、そのまま目の前の棚へと歩き出す。
近づくと、脚の低い棚の上にコンテナが並べられており、その中にはポットに入った苗が櫛比していた。
土には小さなプラスチックの板が刺さっており、ヒヤシンス、クロッカスなど聞いたことならある名前から、ネメシア、ムスカリなどわたしには初めて聞く名前のものまで、様々な花が並んでいた。
その傍にパンジーもあった。ベランダの紫色を思い出し、意図せず口元がゆるむ。と、
「かわいいですよね。パンジー。冬に強いので、この時期にぴったりですよ」
いつの間にか隣に立っていたエプロン姿の女性に、そう声をかけられた。
まるい眼鏡に不織布のマスク、髪はひとつに纏められている。紺色のハーフエプロンを掛け、腰には同色の小さなウエストポーチが巻かれていた。
しぱしぱと瞬きをするわたしに、眼鏡の奥の目を細めてにっこりと笑う。
笑い返すと、胸元に『上塚』とあるのが見えた。
「パンジーは、日当たりと水はけ、それから花殻を摘むことに気をつけて頂ければいい花なので、とっても育てやすいですよ」
「は、はながら……?」
間髪入れずに聞き返したことに気づき、恥ずかしさから口を抑える。
上塚さんは小さく微笑むと、パンジーをひとつ手に取った。
「花殻というのは、萎れてしまった花のことです。放っておくと、見栄えが悪いし病気の原因になったりもするんです。この子のこれも」
言うと、ウエストポーチから小さな鋏を取り出し、手の中の黄色いパンジーの茎に刃をあてがった。
ぱちん、と小気味よい音がした刹那、一本のパンジーがぽとりと土の上に落ちる。
わたしは大きく目を見開いていた。
「え、切っちゃっていいんですか? そういうものなんですか?」
驚きを隠せなかったわたしに、上塚さんがゆっくりと頷く。
「ふふ。そうなんです。びっくりですよね、でもこれは、今ある花を守るために必要なことなんですよ」
そう続けると、鋏を仕舞う。心做しか少し寂しそうに見える。その顔を見ていると、
「あの、実はわたし……職場の先輩にパンジーの苗を頂いたんですけど、その、全然花のこと分かっていなくて」
気がつけば口を開いていた。
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