朝食にはいつものパニーノを

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 俺は、俺自身の死を育てている。  プレスから漂うチャパタとチーズの焦げる臭い。それが一定の香ばしさを纏うと、俺はようやくプレスを開く。縞模様の焦げ目がついたカリカリのパニーノ。今日もいい焼き加減だ。  この焼き加減は今は亡き祖母ちゃんの直伝で、これ以上焼きすぎても、生焼けでもいけない。  焼き上がった二本のパニーノはそれぞれ別の皿に乗せ、出来あいのズッキーニの塩漬けを添えてテーブルに並べる。そこにコーヒーを添えれば、俺たちのいつもの朝食は完成する。  やがて、タイミングを計ったように寝室からディーノが現れる。パジャマの裾からにゅっと伸びる細い足首。そろそろ大人物の服を買い与えても良いかもしれない。  大人物、か。あの豆粒みたいだったガキが。  そのディーノは、俺と目を合わせるでもなくバスルームに向かう。俺も構わずテーブルに着くと、さっそく焼き立てのパニーノに齧りつく。  テレビでは、地元の新米署長が麻薬撲滅がどうのと気炎を吐いている。こりゃ余計な仕事がひとつ増えそうだなとうんざりした矢先、テーブルのスマホが着信を告げる。非通知。もっとも、その発信元に心当たりは一つしかない。 『仕事だ、ニコロ。今日の十二時に車を遣る』  電話は一方的に切れる。俺の都合なんざお構いなしに。 「仕事?」  背後からの声に、俺は咄嗟にテレビを消す。  見ると、着替えと身支度を済ませたディーノがリビングの入り口に立っている。長い手足に、同性の俺から見ても整った顔。亜麻色の髪と青い瞳。学校じゃ同年代の女の子にモテているんだろう。 「ああ。昼にボスの車が来る」 「訓練は? 今日こそは撃たせてくれるって約束だったろ。いい加減、準備の練習ばかりでうんざりなんだけど」 「悪いが延期だ。ひとつ教えておく、ディーノ。狙撃に必要なのは銃で的を撃ち抜く腕だけじゃない。そんなものはむしろ二の次だ。本当に必要なのは入念な準備。その意味で、教えるべきことはすでに全部教えてある。それに……天候や風向きの変化、ターゲットの急な予定変更、そういった数多の不確定要素にいちいち苛つかず辛抱強く機運を待つことも、狙撃には必要なスキルだ。今回はいい勉強になったな」  ディーノは悔しそうに唇を噛むと、少し冷めかけたパニーノにがぶりと齧りつく。チャパタの皮が立てるバリッと乾いた音。祖母ちゃん直伝のパニーノは冷めても旨い。  それをあっという間に平らげた後で、思い出したようにディーノは言う。 「ランチのやつさ、次から二本に増やしてほしいんだけど」  ディーノは高校では、俺が焼いたパニーノを持参してランチに食う。今は一本しか持たせていないが、さすがに足りなくなってきたか。にしても、よくまぁ飽きもせずに朝昼と同じパニーノを食うもんだ。日によっては夜も食う。俺の知るレシピがこれひとつきりしかないからだ。  貧乏暮らしの俺に遠慮しているのだろうか? バカな。こいつは本来、どれだけ俺に贅沢を言っても許される立場なのだ。  何せ、こいつの両親を殺したのは俺なんだから。  俺は、俺自身の死を育てている。  なぁディーノ、お前はいつ、俺を殺してくれるんだ。
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