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*序
荒れ狂う海原の中にぽつりと浮かぶ小さな岩だらけの島――死の島がある。その外周のほとんどが切り立った崖で、さらにそこを削るように白波が絶え間なく打ち付ける。岩肌に緑も少なく、枯れた木がへばりつくように生えている程度だ。
しかしそこの僅かな突起を足掛かりに、張り付くように蹲っている影がある。生き物の気配というものが感じられないその島において、それは珍しい生きた人間、若い男だった。
男は岩肌にへばりつき、打ち付けて濡らす白波を拭うこともなくじりじりと横に歩を進める。その歩みは、丸一日たってもたったの数尺もないほどだ。
「余計なことを考えるな、バン……俺はただ、エンとの約束を果たすためにここを出ていくんだ」
悔やんでも悔やみきれないあの出来事が、バンの脳裏をよぎり、足が停まる。あれから半年以上が過ぎても、バンの中ではまだ現在進行形で彼を苦しめているからだ。
しかし、その一瞬の物思いが、彼に隙を生じさせた。足をとどめた崖の突起は、彼が思っているよりもはるかにもろかったのだ。
エンとの約束に想いを馳せていたその時、バンの右足を載せていた足場が音を立てて崩れる。がくりと平衡を失った身体が傾き、真っ逆さまに白波の方へと落ちていく。しかも落下していく先には切り立った岩肌が波間から覗いている。それはまるで剣山のように連なっている。
畜生、俺の人生ってこんな終わりなのかよ――そう、歯を食いしばって岩肌に打ち付けられる覚悟で身構えていたのだが、一向にその衝撃が起こらない。
「え……?」
一体何が、と瞑っていた目を恐る恐る開けると、黒い大きな翼の影が目に入った。それから、怒りに満ちた鋭い赤い眼差しも。
「お前……」
バンが何かを口にしようとしたその時、大きな波が翼のある何者ごと彼を呑み込むように打ち寄せてくる。波にもまれ、呼吸さえままならなくなったバンは、そのまま意識を失ってしまった――
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