02. 魔女、子供を自宅に連れ帰る。

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02. 魔女、子供を自宅に連れ帰る。

 少しだけ歩いて、城壁一つ向こうは外というほど王城の端まで行く。  ここまで来ると転移魔法が使えるようになるのだ。  王城に物資を運びこんだり、兵士の移動――兵舎は王宮の一番外れにあるのが普通なのだ――に不便だから。 「手を繋いで。転移するわ」  三人で輪を作るようにしながら詠唱すると、地面に魔法陣が現れる。光ったと思った直後、住み慣れた我が家に帰り着いた。 「まずはお風呂よね?」  子供たちは二人ともずいぶんと薄汚れている。  何日も顔を洗っていないみたい。髪の毛は元の色がよくわからないほど土汚れが酷かった。  魔法で浴槽に水を張ってからお湯にする。 「いい? 石鹸は使い尽くすつもりで全身を洗うのよ?」  バンザイさせて服をはぎ取ると、ポイっと二人を風呂場に放り込んだ。  雑な扱いだけど、やることが山積みなのだから仕方がない。  まずはクリーン魔法で服を綺麗に……ならないわ。  いつから洗っていないのか、全然汚れが落ちない。  何度か魔法を重ねがけして、ようやく埃っぽさとベタベタした嫌な手触りはなくなった。  ――もしかして石鹸足りないかも。  服がこれほど汚れているのだから、当然、身体だって汚れきっているに違いない。  風呂場を見に行ったら案の定だ。  お湯は黒く濁っているし、石鹸は全然泡立っていない。 「ちょっと湯船から出なさい」  二人は名残惜しそうだったけど、素直に立ち上がった。  追い出すように湯から上げたのと同時に、お湯を抜いて新たに水を満たして温める。 「新しい石鹸よ」  そう言って新たな石鹸を差し出すと、ちょっとだけ嬉しそうな顔になった。  結局、お湯はその後もう二度ほど入れ替えて、都度石鹸も新しく出す。  服は全然綺麗にならなかったけど、清潔にはなった。  家に子供服なんてある筈もなく、こんなのでもないよりはマシだから、お風呂から上がって二人に着せる。  明らかにガッカリした様子だった。  無理はない。綺麗になった身体から石鹸の良い香りがしているのに、襤褸をまとうのだから。 「こっちに来なさい」  おずおずと近づくのがまどろっこしくて、私の方が移動する。 「驚かないで」  魔法で温かい風を送って髪を乾かすと、ふんわりと柔らかい髪になった。  最初に拾った方はキラキラした金髪。素直で扱いやすそうな髪質。もう一人はちょっと癖のある銀髪。  次は食事と言いたいところだけど、碌に食べていないとお腹が受け付けないし、何より消化するほどの体力もない。  だからまずは回復と栄養のポーションだ。  苦いのが玉に瑕というか、非常に苦くて大人でも嫌がるシロモノだけど我慢させるしかない。 「頑張って飲むのよ。元気になるお薬だから」  そう言って差し出したら、ちょっとだけ舐めて、直ぐに嫌そうな顔になった。 「最後まで飲んだらご褒美を用意してあげるわ。食事の後、買い物に行きましょう」  にっこりと微笑みながら「飲め」と圧を掛けたら、涙目になりながら飲み干した。いい子たちだ。  ケホケホと咳込んでるけど、多分気のせい。  食事はスープだけ。  どれだけの間、まともに食事をしたかわからないから。  でも杞憂でペロンと飲み干した後、おかわりを何度もして鍋を空にした。その後に出した、パンも物凄い速さでなくなる。  (むせ)たりえずいたりしてないから、杞憂だったようだ。  最終的にパンと肉と果物のストックを食べつくした後、ようやく満足したのか手が止まった。  用意した食事は全て消え去り、私の昼食は抜きになったけど仕方ない。  でかけましょうかと言ったら、静かに椅子から下りて初めて出会ったころのようにドレスの裾を掴まれた。 「置いていったり捨てたりしないから安心なさい。勿論、売ったりもしないわ」  二人の頭を撫でながら、怖がらせないように声をかけた。  魔女は人から怖がられる存在だから、どこまで安心できたかわからないけどね! 「そういえば……まだ名前を聞いていなかったわね」  二人の身体がビクリと震えた。  怯えさせるような質問ではなかったと思うのだけど……?  上から見下ろす目線が怖いのかと、膝を曲げしゃがみ込む。  目の高さを二人に合わせてもう一度、質問を繰り返した。 「お名前は?」 「……いぬって言われてた」 「コレって」  ――――――――――――――はぁ?  犬もコレも名前なんかじゃないわ!! 「嫌よね、そんな呼ばれ方」  二人の頭をゆっくりと撫でる。 「そんな嫌な呼び方は終わり。そうね、お前はエセルバート。高貴な輝きって意味よ」  初めにスカートの裾を掴んだ方に「どうかしら?」と問う。  あの国では金髪は王族に多い髪色だった。もしかしたらお手つきでできた子かもしれない。 「お前はメイベル。愛されるって意味」  二人目、名前すらつけられなかった女の子――髪が短かった上、あまりに汚くて性別がわからなかった――にも尋ねる。 「エセルバート」 「メイベル」 「そう、エセルバートとメイベルよ」  ぎゅっと抱きしめながら、改めて名前を呼んだ。  二人とも自分の名前を何度も口の中で転がすように呟いた。  そして「ありがとう」「うれしい」と言って、ぎゅうぎゅうと抱きしめ返してくる。 「もう変な呼び方なんかさせないわ。私が守ってあげる」 「「うんっ!!」」  三人でひとしきり抱き合って満足した後、仕切り直して「でかけましょう」と声をかけた。  まずは二人の服を何とかしないといけないし、食料は食べつくした後だもの。  買い物をしないと今夜は食事抜きになってしまう。そんなのゴメンだわ。  何より食べ盛りの子供を飢えさせるなんて矜持が許さない。
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