一角獣のドレスは、見逃さない。

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一角獣のドレスは、見逃さない。

「お義姉様、このドレスを頂戴な。とても素敵ですもの。ねえ、殿下。次の婚約者同伴のパーティーで着たいの! どうかしら?」 「そうだな、パーティー主役は王太子()の新たな婚約者である君だから」 「では、宣誓をお願いいたします。このドレスは義妹を悲しませます。私はそう忠告しましたのに、お二人が所望した、と」  私は、机上の宣誓用の水晶を示す。 「この美しいドレスが? おかしなことを仰るのね。いいですわ、お義姉様の忠告は伺いましたわ」 「俺も、王太子として誓う。ドレスが何をしても、元の持ち主のせいではないと」  二人は、楽しげに宣誓をした。 「皆、王太子殿下と義妹(いもうと)のお見送りを」  私は、頼りになるものたちにそう命じた。 「()()()()()()()()()()。お疲れ様でございました」  令嬢が義姉のクローゼットを漁り、婚約者の王太子は見て見ぬふり。  賢い使用人たちは、心底あきれている。  かれらは、筆頭公爵家当主だった亡き私の実母と、親しい友であられた王妃殿下が選ばれた使用人たち。  当主たる母が亡くなってすぐに愛人の義母と私の異母妹である義妹を家に入れた恥知らずな婿、実父からすれば、目障りな存在だ。  しかしながら、実母の、だけではなく王妃殿下の、でもある。それが、使用人を追い出せなかった理由。  実母や王妃殿下から私が頂いた品々は、認識阻害魔法で守られている。  義妹が奪ったのは、一流の鑑定士でなければ看破できないほど精巧に作られた、見た目はよいが質はよろしくない魔絹のドレスや硝子玉の飾り。偽りの品たち。  そう、先ほどのあのドレス以外は。  自分を当主と勘違いしている実父も、偽り。彼は代行。王立学院を卒業し、私が正式に当主となる。  筆頭公爵家の名で後払い扱いの贅沢品の請求は、実父や義母の生家にいくのだろう。筆頭公爵家当主が署名をしていない支払確約書は、無意味。  一部の領民は、王妃殿下の母国にお世話になることが決まっている。学院の卒業後に私がそちらに行くからだ。同等かそれ以上の家や土地、仕事、学校での学び付で。  同時に、領地も、この邸宅もすべて王国、王妃殿下の管理下となる。領地に残りたい領民は手厚くご対応頂ける。  実父や義母の実家、取り巻きの地位と財は全て没収。罪状は、長年の筆頭公爵家への冒瀆。当主たる亡き母への裏切りから始まり、筆頭公爵令嬢への虐待行為。  王妃殿下と実母との関係が深い使用人たちの細かな書状は、十分な証左(しょうさ)。  書状には、筆頭公爵令嬢にふかした馬鈴薯と薄いスープしか与えなかったなどとあるはずだ。  だが、実際は、むしろ私は実父たちよりも遥かに手の込んだ食事や色々を提供されている。  実父たちは使用人にそう指示をして私を別室に置いていたので、書状に偽りはないかと査問員に宣誓魔法で問われたら、肯定するだろう。  虐待はあったと、彼らは思い込んでいるのだから。 「会場の様子が」 「お願い」  数週間後。  義妹が、自分の味方と信じている身辺警護たち。  彼らも、こちらの手の者。会場の様子を映像水晶で映してくれていた。  いずれ、王宮の使者から王太子の廃嫡が言い渡される。理由は、筆頭公爵令嬢との婚約を自ら棄却したため。  実父たちは知らないことだが、筆頭公爵令嬢は私のみ。義妹の養女申請は、実父の実家の養女として認められているのだ。  公正証書の中身を確認しないなど、入り婿として恥である。  もっとも、実母が自分の亡き後の私のためにと、王妃殿下にご相談申し上げてくれていたために、実父たちには秘匿されていたからであるのだが。  会場の様子を見聞きすると。 『美しいドレス……でも、何故? ため息?』 『だな』  既に、魔力の高い客たちは訝しんでいる。 『殿下をあんなに馬鹿にしていたのに。お義姉様は学年首位なのにいつも下位! 学院会長とは名ばかりで、副会長(おねえさま)に仕事を任せっぱなし! と笑っていたのに』 『婚約者を奪ったのに、お義姉様、泣いたりなさらなくて。ドレスも宝石も、惜しげもなく下さって、張り合いがない。あの婚約者よりは価値があるけどねって仰っていたわ』  声は、義妹の同級生のものだろう。 『君は、俺のことをそんなふうに』  これは、王太子。 『違う……違うわ!』  義妹はもう、泣きそう。だから言ったのに。 『(ねや)での君は……』  若い男性の声。  王太子ではないその声を契機に、音声を消した。  保存はしてくれているので、問題はない。  義妹が何人と情を交わしているかなど、聞きたくもない。  あのドレスは、別名、一角獣のため息。  処女(おとめ)を愛する一角獣の力を宿した魔布で作られていて、処女ではない者が着用すると、ため息とともに、着用者の秘密を話し出す。  ただし、一角獣の名の下、真実しか話さない。 「参ろうか、会場で王妃殿下(おばうえ)が待っておられる」  使用人たちが、深く深く礼をした。  あの方が、お見えになったのだ。  私のそばにいらした、このお方は、王妃殿下の母国の王太子殿下。  我が国の殿下とは天と地以上の差がある、美しく賢いお方であられる。  恐れながら、私の現在の婚約者でいらっしゃる。  そろそろ、あちらの会場には、高位貴族夫妻や有力な商業関係者などがいないことに気付いた者もいるだろうか。  私はこれから、王妃殿下主催のパーティーに向かう。  もう一着の、一角獣のため息とともに。  王太子の廃嫡と新たな王太子殿下の決定。   さらに、学院卒業とともに筆頭公爵令嬢が当主資格を有したまま母国に向かうことなどを王妃殿下がお伝えくださるのだ。国王陛下の玉璽(ぎょくじ)がおわす書状と共に。 「君を大切にする」 「嬉しいですわ」  王太子殿下が、私の手を取ってくださる。  一角獣のため息は、聞こえない。
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