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双子だった。
文明開化も過ぎた頃、ある地域の地主に跡取り息子が生まれた。娘ばっかりだったから、待望の跡取りのはずだった。しかし生まれてきたのは双子だった。時代にそぐわず双子に対しての忌避は世間一般よりも軽かったが、兄弟の目の色に一同は恐れて狂乱した。兄弟は異国人のような青い目を持っていた。
兄弟のうち、兄はいかにも丈夫そうだった。青い目の双子として忌まれたものの、武人となって戦ってくれればよいと兄は「■」と名付けられた。
しかし弟はだめだった。眼を開けば聡明さが垣間見えたが、あまりの虚弱にお国の名誉となることもままならないと名前も与えられず離れに幽閉された。そのうちに兄弟の命を嘆願しつづけた、母君である若奥様はそのまま追い出されてどこかへ消えた。
弟は離れで何もできない日々を過ごした。■が成長するにしたがって愛嬌と誠実さによって一族の忌避感を上塗りしていくのを、小さな窓から眺めていた。相変わらず虚弱で、歳は四つだったが三つくらいにしか見えず、余命も五つになれるかどうかといったところだった。ただ、弟は物事を見通し考えることができた。異様に賢く、大人だって理解できないような人間の叡智に自然の神秘をおそらく丸ごと理解していた。
そしてついに星を見上げている時にふと思いついたのだ。
”僕が成すには■の体がなくてはいけない。僕が■になろう。”
双子だった。
■は心根のやさしい子で、力持ちで、少し賢さの足らないところもあったが非常に愛嬌のある子どもだった。ずっと弟を顧みなかったのも、自分に弟があるのを知らされていなかっただけで、知っていればその理不尽に怒っただろう。
最初は冷淡だった父親や旦那様、奥様も■の心根に絆されて普通の子のように接するようになっていた。もちろん、それに名前のない弟は含まれない。ただ、一人ばあやをつけていたので■はそれを辿って弟を知った。弟にとってはずっと見てきた兄だが、■は非常に驚いた。
「にいさん、ぼくを憐れんでくれるかい。ぼくに会ったことは父上やおじい様に知られてはいけないよ。ばあやのためにもね……」
言葉巧みに弟は■に語り掛けた。ぼくはにいさんに捨てられたものと思っていたよ、とてもうれしいよ、そう織り交ぜながら鋭く■を観察した。やさしい■はこのあわれな弟を邪悪な心ひとつなく愛しく思い始めていた。
「おまえ、もっと飯を食って大きくなれ。そうしたら僕と交互にととさまの前に出てもわかるまい。歳がゆけば僕が名前をつけて連れ出してやる」
「にいさん。ぼくはもう幾ばくも生きられない。待てないよ」
わざとらしく咳をすると■の肩が跳ねた。
「ぼくを憐れんでくれるならば、次の新月にここにおいで。ほんのすこし兄弟でいられたことを喜ぼう」
やさしい■は果たして約束通り新月の夜に弟のもとに訪れた。夜いつもは庭にばあやが座っているが、なぜかその日はいなかった。
「ああにいさん、来てくれたんだね。うれしい、うれしいナァ」
「こんな夜に起きて体はいいのか、冷えるとよくないとおばあ様はよく口にする」
「いいんだ。そら、星をご覧よ。にいさんはあの星がわかるかい……」
弟は枝のような腕を伸ばして空の星を指し示す。■も一々目で追って星々の説明に耳を傾けていた。あまりの純心に、弟の目があやしく光っていることに気が付かなかった。
「にいさん、今までありがとう。兄弟経験はとってもたのしかったよ」
双子だった。
弟の体が倒れた。
弟の体が息をしていないことを確認して■の体は立ち上がった。
「ずいぶん健康だ。いい暮らしをしてきたろうね」
同じ青い目、同じ黒い髪をして■はケタケタ笑った。
「ああ僕が偽物なのではなくて、まるできみが偽物だったみたいだよ」
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