たねやの婆さんがくれたもの

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たねやの婆さんがくれたもの

       ルミアはどんどん歩いて、麓の町並みを抜け、田畑などの農地を超えて、ようやく森に入る。    木々のあいだを縫うように進む道は、森の梢に遮られながら柔らかく注いでくる日の光に優しく照らし出されている。      たねやは、大きな森の道から細い脇道へ曲がった先にある。        木々が少ない少しひらけた場所があり、低木や草木に囲まれた小さな家が見えてくる。        たねやの家の周りには、自然の草木もあれば、ハーブや花や実のなる草木など、植えられたものもある。    木になりそうな勢いで育ったローズマリーや、長く茎をのばしたセージやラベンダーの葉をそっと撫でて、その香りをちょっと味わったりするのは、ここに来る時のいつものお楽しみだった。        ペッキーを玄関先につないで、ルミアはたねやに入った。     「ごめんください」    一度呼んだくらいで、店の人が出てこないのも、いつものこと。     「ごめんください」        何度か呼んでいるうちに、ようやく奥のほうから、人が出てくる気配がした。       「はいはい。いらっしゃい…」      マントをつけ、フードを被った背の低いお婆さんが出てきた。       「ああ、久しぶりだね」   「こんにちは、たねやのお婆さん。これ、お願いします」   「はいよ。ちょっと待ってな」        ルミアが仕入れる種のリストを渡すと、たねやの婆さんはあちこちの棚から品物を取り出し始めた。      たねやの店のなかは、窓や出入り口以外の壁が、ほぼすべて棚になっていて、その棚はどれも瓶や箱や何か入ったものなどで埋めつくされている。    ルミアは、このお婆さんはどこに何があるのかをよく覚えてるなと、いつも感心させられる。   *************        品物が揃うまではすることもない。    ルミアは店の外に出て、花や木をぼんやりと眺めまわっていた。    ペッキーは手綱が届く範囲で、ふんふんと鼻を鳴らしながら、あちこち探検している。      そんな風にしていると、ルミアはついぼんやりと考え込んでしまい、思わず、はあ…と、ため息が出てしまう。     「もの想いのタネをお持ちだね」    急に、たねやの婆さんに声をかけられて、ルミアはビクッとした。      「えっ? もの想いって…? 」   「気になる誰かがいるんだろう? 」   「!」   「何をしてても、いつでも、その人のことを思い出しちゃうんだろう? 」   「!」   「その人のことを思い出すと、胸が苦しくなるような、でも幸せなような天にも舞い上がるような気持ちになるんだろう? 」   「!」   「あんた、運がいいよ。この種をあげる」        たねやの婆さんは、ルミアの手に、一粒の種を握らせた。     「これは“願い叶う花の種”。種を植えて咲いた花を丸ごとぱくっと飲み込むと、願いが叶うと言われてるんだよ」     「ええ…、そんなバカな…」     「私のところには、もうこの一粒しか残ってない。あげるよ、サービスだ。いらないなら返してくれ」        たねやの婆さんがそう言って手を伸ばすと、ルミアは思わず種を握った手を引っ込めた。    婆さんはくくっと笑った。       「リストの種は用意できたから、お代を頼むよ」    婆さんが請求書を渡した。     「あ、はい。お支払いします」           たねやからの帰り道、ペッキーは種を握ったルミアの手を、しきりにクンクンと嗅いでいた。    この種は、ほんのりと甘く爽やかないい香りがする。       「咲いた花を飲み込めば、願いが叶うなんて本当かな。    私の願いは、とても叶いそうにないのに…? 」  
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