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膨らんだりしぼんだり
「ねえ、ルミア、知ってる? このあいだのお城の舞踏会に招かれたお姫様が、しばらくこの国に滞在することになったらしいわよ」
そうなのだ。
先日の舞踏会は、王子様の婚約者を選ぶためのもの。
王子と招かれたお姫様、お互いの印象が良かったら、引き続きお城に滞在して王子と親睦を深めて、正式に婚約者になる。
(この前、舞踏会の会場に花を運んだ時には、会えなかった…)
ルミアはあり得ない希望を託して、あの花の種を植えた。
もともと、花屋の中庭の一角を、好きなものを植えていいようにと貸してもらっているので、そこに場所を作った。
種をまいて数日後、芽を出した。
種もいい香りがしたが、芽吹いた葉もほんのりといい香りを漂わせている。
芽がすくすくと成長し、本葉が増えてきたころ、新しい噂が聞こえ始めた。
「お姫様、ご自分の国にお帰りになるそうだよ」
「あら残念」
「じゃあまた、別のお姫様を招くことになるだろうな」
ルミアの期待はわずかに膨らんだが、すぐにほかの国のお姫様が招かれ、またしばらく滞在することになった。
そんな王子様とお姫様のくり返し聞こえてくる噂は、ルミアのわずかな期待を膨らませたり、しぼませたりした。
*************
(次のお姫様は、どうなんだろう。
王子様は婚約者としてお決めになるのかな…)
ルミアはぼんやり考えながら、雑草を抜いたり落ち葉を掃いたりと中庭の手入れをしていた。
ペッキーが遊びたそうだったので、小屋から出して、庭で自由にさせていた。
(あの花は、ようやく花芽をつけたばかりで、まだ花開くには時間がかかりそう。
そのあいだに王子様は婚約してしまうかもしれない。
ああ、あの花が早く咲いてくれればいいのに。そうすれば私は王子様と…)
そこまで考えて、ふとルミアは思いとどまった。
(王子様と? 王子様と私が? )
一体どうなるというのか?
「痛ッ…」
箒を持っている指先が痛んだ。
花屋の仕事は水を扱うから、手がひび割れたりあかぎれができやすい。
ルミアは自分の手をじっと見た。
あかぎれだらけでゴツゴツとした働く手…。
こんな手をした私が、王妃さまになれると思うの?
ルミアは自分の両手を握りしめた。
その時、庭の隅のほうで、ペッキーがゴソゴソと草木を掻き分けている音が聞こえた。
「ペッキー、やめて。そこは私があの花を植えたところなんだから」
ペッキーの首輪を捕まえると、ふわりと何ともいえない良い香りがした。
見ると、あの花のつぼみが小さく花開いていた。
「わあ…っ」
ほんの少し咲きかけている花びらの隙間から、何枚もの美しく光沢がある花びらが重なり合っているのが見える。
近くに寄ると、その香りは花開く前よりもずっと強く、それでいて爽やかで甘かった。
「なんて綺麗な花。こんなに綺麗な花を今まで見たことない」
たねやの婆さんは、咲いた花を丸ごとぱくっと飲み込めばいいと言っていた。
咲きかけでもこんなに綺麗なのに、咲いたらどんなに美しいか。
その花を摘んで飲み込むなんて…。
「私、ただ、夢が見たかっただけなのかもしれない」
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