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 高校に進学するタイミングで、(みなと)市に戻ってきた僕は、うんざりするような駅の人混みに懐かしさを感じながら、電車に乗り込んだ。  空いていたのは優先席だけ。そこに男子高校生が座っていると白い目で見られるか、と思った僕は、電車のドア近くに立つことにした。  窓の外にいくつものビルが通り過ぎていくのが見えて、ようやく帰ってきたんだな、という実感が湧いた。  そして、高校の入学祝いに買ってもらったワイヤレスイヤホンをつけ、ロックバンド「グレーキャット」の「サクラナミキ」を再生した。  引っ越しの前に見た桜を思い出す。あれはとても見事だったし、田舎で過ごす中学生活というのも悪くはなかったけれど……。やはり、生まれ育った湊市の都会の雰囲気の方が、僕の肌に合っているような気がしてならなかった。  駅に到着する間際で、ワイヤレスイヤホンを外した。電車を降り、湊高校へと足を進めた。通称「ミナコー」。湊市の公立高校の中ではトップレベルの進学校であり、そこに合格できたのは未だに信じられない思いだ。  入学式の看板。その隣に立っていた教師らしき人に、体育館へ行くよう呼びかけられた。体育館には、大きく張り出されたクラス分けの表があった。  ――えっと、一組か。  植木(うえき)、という五十音順が早い苗字のおかげですぐに見つけられた。なんとなく、一組のメンバーの名前も見てみる。そこで衝撃が走った。  房南陽希(ぼうなんはるき)。  ――何かの間違いであってほしい。  しかし、房南という苗字はそうあるものではない。確実に、あいつだ。小学生の頃、僕の声や容姿をいじってきていたあいつだ。女の子みたいだな、可愛いな、としょっちゅうはやしたててきて、僕のプライドをズタズタにしたあいつだ。 「わー! 千歳(ちとせ)? 千歳だろ? 植木千歳!」  大声がした方を振り向くと、犬のように懐っこいツラはそのままに、かなり背の伸びたあいつがいた。 「……陽希」 「こっちに戻ってきたんだ? ヤバい、嬉しい!」  陽希の襟足は鬱陶しく伸びており、ブレザーの襟にかかっていた。相変わらずのヘラヘラ顔と相まって、かなりチャラい印象だ。  まあ、こういう風に成長したのも納得できた。陽希は小学校ではいつも輪の中心にいて、発言力があって、とても目立つ生徒だったから。 「千歳、何組?」 「一組だよ……陽希と同じ……」 「そうなんだ! ヤバい、嬉しすぎてヤバい。また仲良くしような!」  すっ、っと右手を差し出された。その手を無視することもできたかもしれない。しかし僕はそれを握った。まだ入学式すら始まってもいないというのに、これからクラスメイトになる男の機嫌を損ねて、何かの標的にされてはかなわない。  陽希と一緒に体育館に入り、クラス別に並べられたパイプ椅子に座って式典が始まるのを待った。陽希はぴったりと僕の隣の席だ。 「千歳、何にも言わずに引っ越しただろ? 同じ中学に進むと思ってたからびっくりしたんだよ」 「父親の転勤が決まってね……田舎の方にいた」 「で、またこっちに?」 「うん。まあ詳しい話は後でしようよ。もうすぐ始まりそうだし」  実際、式典が始まった。退屈な校長の挨拶の間、考えていたのは、これからどうやって高校生活をやり過ごそうかということだった。  小学校の頃の陽希は、本気で悪気がなかったのだろう。だからこそタチが悪かった。僕がいくらやめてと言っても女の子扱いをやめなかった。  しかし、もうお互い高校生。陽希だってあんな風ないじりはもうしないのではないだろうか。それに、見るからに陽キャの陽希と付き合っておけば、カースト上位にくっつくことができて、他の奴らから目をつけられなくて済むかもしれない。  新入生代表で、いかにも頭の良さそうなメガネの男子生徒が挨拶を終えたところで、僕はこれからの方針を決めた。  陽希を利用する。  あいつは面倒な奴だが表裏はない。僕と会えて嬉しいというのも本音だろう。ならば、陽希に防波堤になってもらうことで、人間関係を円滑にこなそう。  入学式の後は、教室に行って出席番号順に席に座り、簡単な自己紹介やこれからの予定の確認。それで終わりだ。僕が荷物をリュックサックに詰めていると、陽希が僕の席にやってきた。 「千歳、一緒に帰ろう!」 「……うん」  並んで歩くと、陽希との身長差がよくわかった。僕は百六十五センチで、この先もあまり期待はできなかった。対する陽希は百八十センチはありそうだ。 「それにしても、髪短くなったなぁ千歳」 「陽希は伸びたよね」 「ミナコー、校則ゆるいからさぁ。しばらくこれでいくつもり」  髪をベリーショートにキープしているのは女の子と間違われないためだ。中学の時も、中性的な名前のせいもあり、女の子がきたと最初は思われていた。そんな苦労、陽希にはわからないだろう。男らしい陽希には。  僕の家は、小学生の時に住んでいた戸建てだ。どのみち湊市に戻るから、と父が残しておいたのである。それはつまり、小学校の学区が同じだった陽希と近所であることを意味する。 「そっかぁ、千歳と降りる駅同じかぁ! なぁ、腹減ったしどっか寄らない?」 「うちはもう昼ごはん準備してくれてるんだ。悪いけど帰るね」  嘘だった。両親は仕事で出ており、昼は家にあるものか買って食べなさいと小遣いを渡されていたのである。  小さな公園の側の交差点が陽希の家との分かれ道だった。陽希は言った。 「じゃあ、また明日学校でな! 千歳と一緒なの、ヤバっ、楽しみ!」 「じゃあね」  帰宅した僕は、制服を脱がないままベッドに突っ伏した。数時間行って帰ってきただけなのに物凄い疲労だ。昼食をとる気も起きず、スマホをいじってグレーキャットの曲をシャッフル再生させ、明日からの憂鬱を思った。
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