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#3
リチャードJr.は、わずか1年で通常の人間で言うとことろの5歳児になっていた。AIエンジェルは、人間のスピードより成長が格段に早いことは、タイアもリチャードも知っていた。
タミアとリチャードはその日、ふたりで会員制のカフェで向かい合っていた。Jr.は英才教育で定評のあるジーニアスインターナルスクールに行っていた。
「いいお天気でよかったわ。Jr.は晴れるととてもごきげんがいいから」
リチャードは暖炉の火をぼんやりと見ていた。
「あなた、聞いてる?」
「え、何を」
タミアがしかめっつらをする。
「ごめん、ちょっと考え事をしていて」
「ふたりでいる時には仕事のことは考えないっていう約束だったはずだけど」
「いや、仕事のことは考えていない」
眉間に皺を寄せ、タミアはスミスを見る。
「Jr.のことをね、考えてたんだよ」
と、リチャードは言った。タミアの眉が上がる。
「珍しいわね。あなたがJr.のことを考えてるって。雨でも降らなきゃいんだけど」
リチャードはテーブルの上のカップを手にし、そこに入った中国茶を飲むと、カップをテープに戻した。
「Jr.はわが家に来てまだ1年しか経っていないが、ずっと違和感があるんだ」
タミアは何も言わず腕組みし、椅子の背にもたれ話を聞いていた。リチャードは続けた。
「私の知る限りだが、Jr.はまったく問題がない。そうだろ?」
タミアはイエスと頷く。
「病気らしい病気もしない。わがままも言わない、イタズラもしない、叱られるようなことは、多分だが」
タミアがリチャードの話に割って入る。
「叱ったことはないわ、あの子は完璧にいい子だもの。それが何か問題?」
彼は暖炉の炎に一度目をやり、少し考えるような顔をしてから、再びタミアに視線を戻す。
「子どもを育てるってことは、もっといろいろあるんじゃないのかな。つまり、悩んだり、怒ったり、そのことを友人に相談したり」
「何が言いたいのリチャード」
「つまり・・・君は、Jr.を育てている感覚はあるのか」
彼の言葉にタミアは、声を出さずに笑った。その笑いは、呆れた、という顔だった。
「あの子は普通の子じゃないのよ。AIエンジェルなの。完璧にプログミンクされ、人間より遥かに優秀な頭脳も持っている。それに、ドクター曰く、免疫システムはコロナよりタチが悪いものが流行しても、あの子には感染しないって」彼女は体をリチャードにぐっと近づけ、彼の目を射るように見る。「だから、あなたが言っていることは織り込み済みだし、子育てはパーフェクトよ」
リチャードは、パーフェクトという言葉に強い嫌悪感を感じた。しけし、それを口にはしなかった。反論する気を完全に失くしていたからだ。何を言っても、いまのタミアには届かないと感じた。
彼は再び暖炉の炎に視線を向け、子育てのことはもう考えるのはやめようと決意していた。
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