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#4
ある晴れた日、リチャードは2階の自分の仕事部屋から、芝生の上を走り回るJr.を窓越しに見ていた。Jr.が彼に気づき、満面の笑みを浮かべ手を振ったので、彼もそれに応えた。
Jr.はすでに10歳になっていた。家に来てまだ2年しか経っていない。
Jr.は飛び級をし、将来を嘱望された学生しかいない名門大学に通っている。体は10歳なのに、話すことは大学生並みの知識とディベート力があった。
リチャードは椅子に腰掛け、ボールペンで自分の前歯をコツコツ叩く。そして、思った。
(自分は、Jr.を愛してはいない)と。
会社の同僚からは、息子が親に反抗して手こずっているとか、勉強が嫌いで苦労しているとか、そんな愚痴をよく聞かされていた。
しかし、彼には同僚と同じように話す愚痴はひとつもなかった。Jr.の話をすれば、ただの自慢の話になるだけだった。
同僚が子育てに悪戦苦闘している姿は、彼にとってはむしろ羨ましかった。それは、荒海に家族でヨットを漕ぎ出し、力を合わせ嵐を乗り越えようとする家族の姿を思い起こさせた。
私は後継が欲しいわけじゃない。
家族が欲しいだけなんだ。
私たちは、家族じゃない。
タミアが大学のクラスメイトとディナーをして来ると言った日、珍しくリチャードとJr.はふたりきりて食卓にいた。
リチャードはピザをデリバリーし、Jr.と食卓に向かいあっている。
「パパ」
Jr.がリチャードに話しかける。彼は顔を上げ、Jr.を見る。
「なぜ、ピザにしたの」
「なぜって、いや、特に理由はない」
Jr.はリチャードの顔をじっと見つめながら、ピザをかじった。
「ピザは高カロリーだって知ってるよね」
「ああ、知ってる。デブはみんなピザが好きだ」
「逆だよ。ピザが好きだからデブになるんだよ」
Jr.は明らかに自分を非難していると思った。タミアがいたらきっとそんなもの食べさせてと怒るだろう。タミアは健康志向が強く、オーガニックにもこだわっていだからだ。
「ねえ、パパ。ピザの法則って知ってる?」
「知らない」
Jr.はよくリチャードにクイズを出す。それは10歳が出すクイズではない。高等数学だったり、天文学だったり、素粒子理論だったり。時に正解がわかることもあったが、そうするとさらに高度なクイズを出して来るのがイヤで、いつもわからないとやり過ごしていた。
Jr.はピザを人差し指で指し示しながら早口で言う。
「奇数番目の部分の面積の和は、偶数番目の部分の面積の和に等しいんだ。ピザの定理という名称は、この切り方が伝統的なピザの切り方に似ていることに由来している。 この定理によればね、2人で1枚のピザを分ける時は」
「Jr.、もういい。お前が賢いことはわかった」
「そういうことじゃないよパパ。ピザをふたりで食べる時の・・・」
「もういいっ!」
リチャードは大声を出し、手に持っていたピザをピザケースに投げつけた。
Jr.は驚いて目を見開き、口を半開きにし、彼を呆然と見た。
「大きな声を出して、すまなかった」
リチャードは素直に謝った。Jr.がピザを置き、神妙な顔をする。
「ごめんなさい。僕が悪かったんだ。パパの機嫌を損ねたのは僕のせいです。本当にごめんなさい」
「謝らなくていい。お前のせいじゃない」
重い沈黙がふたりの間に降りた。リチャードは何度かゆっくりと深呼吸し、ピザを食べなさいと言った。
Jr.は素直に、はい、と言い、高カロリーのピザマルゲリータを口にした。
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