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#5
Jr.は、ピザマルゲリータをきれいに食べ終えると、言いにくいそうに、口を開いた。
「パパ、ひょっとして、僕のこと、嫌い?」
リチャードはすぐに返答することができなかった。そんなことはないと即答すべきだと頭ではわかっていたが、喉元で言葉は詰まり、出て来なかった。
「僕が人間じゃなく、AIエンジェルだから?」
親としどう答えるのが正しいのか、彼は苦悶した。自分用に更に分けたピザはほとんど手をつけていなく、すでに冷え切り、もはや生ゴミにしか見えなかった。
「お前は賢い。スポーツも出来るし、友だちもたくさんいる。わがままも言わなければ、親を困らせることもない。ママの言葉を借りれば、君は、パーフェクトだ」
Jr.はリチャードの次の言葉をお行儀よくじっと待っていた。もし、1時間待っていなさいと言ったら、おそらくJr.はその姿勢で待っているだろう。
リチャードは重い口を開く。
「お前のせいなんかひとつもない。これは私の問題なんだ。私は、子育てというのは山あり谷ありだと思っていた。子どものことで夫婦喧嘩もすると思った。近所に謝りに行ったり、学校に呼び出しされたり、息子に振り回されるものだと。それが、子どもを育てることなんだと」
言いながら、リチャードは自分が泣き出すのではないかと危惧した。そして、そうならないよう奥歯を食いしばり、Jr.を見ないようにした。
「しかし、そんなことはひとつも起こらなかった。波風なんて起こらなかった。私たちはお前を褒めこそすれど、怒る理由などひとつも見つからなかった。ママともその話をしたんだ。これが子育てなのか、と。私が言っていることが、わかるだろうか」
Jr.はどこも見ていなかった。それはリチャードが見るJr.が困惑する初めての表情だった。AI脳を持った完璧な子どもが、混乱していた。
「Jr.、これは誰かが悪いとかそういうことじゃないんだ。善悪の問題でもないし、悩んむべき問題でさえない。考えの違いだ」
「パパは、どうしたいの」
と、Jr.がかすれた声を出す。そんな声をこの子は持っていたのだとリチャードは内心驚く。
「わからない。おそらく・・・おそらく、しょうがないことなんだ。これが私のたちの運命なんだよ。受け入れていくしかない」
Jr.はリチャードの目を覗き込むようにして言った。
「パパは、それで幸せなの」
リチャードは無言で席を立つ。
もう、耐えられる限界だった。
彼はダイニングを出て、2階の自分の部屋に入ってドアを後ろ手にバタンと閉めると、その場にひざまづき、そして、泣き崩れた。
体中の水分がカラカラになるくらい、声を絞り出し、泣き叫んだ。
涙はいつまでも止まらなかった。
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