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 リチャードの後ろで、タニアが心配そうに見守る中、彼は神妙な顔でマイクに語りかける。 「ここだけの話だ。実は、私はずっとJr.を自分の子どもと思っていなかった」  会場のあちこちで、ざわつく声が起きた。  笑顔だったJr.の顔が曇っていた。しかし、リチャードは続けた。 「AIエンジェルだからじゃない。彼があまりに、いい子だったからさ。叱ることも、悩むことも、Jr.のことで夫婦喧嘩もしなかった。彼は完璧で、そう、出来すぎた子どもだった。なんて言うか・・・父親の出番なんてひとつもなかったってことだ」  タニアが後からリチャードの肩にそっと触れ、もうその辺にしてという顔をして彼を見たが、リチャードはそれを無視した。 「私は、寂しかったんだ。親の勝手だと言われればその通りだ。しかし、手のかかる子ほどかわいいというだろ。私はその言葉を何十年も実感した。それは、とてもきついことだった。もちろん、Jr.のせいじゃない。彼は彼がやるべきことをし、私とタニアを愛していた。ずっとずっと愛してくれていたんだ。それは確かな話だ。そのくせ私ときたら、ずっとJr.に背を向け、その愛に・・・応えることが・・・出来なかった」  リチャードはいまや泣いていた。肩を組んでいたJr.が、自分のハンカチーフを出し、リチャードの涙を拭い、彼の背中を優しく撫でる。 「ほらね、見ただろ。こんな父親なのに、Jr.はいまでも私を見放さずに愛している。そして、私はここではっきり言うことができる」  リチャードは会場をぐるりと見渡し、その視線をJr.に向け、止めた。 「AIには、愛がある。それも、深い深い愛が。今回のノーベル賞でもそのことを彼自身が証明してみせた。すごいことだよ。恐れ入った。Jr.、君はすごいやつだ。本当に・・・本当に、おめでとう」  リチャードはJr.を正面から強く抱きしめ、そして、Jr.にしか聞こえない声て、何かを呟く。  リチャードはJr.を抱きしめながら、その顔を見た。  Jr.は、ずっとそうであったように、泣いてはいなかった。  AIは、泣けない。涙を流せない。  涙はただ目が流れる透明なヘモグロビンではないのだ。  それが、未だ人間になれない、決定的な10%の欠落。  リチャードはじっとその澄んだJr.の青い目を見つめ、それから、涙で濡れた自分の目を指で拭い、Jr.の頬に自分の涙をそっとつけた。  まるで彼が人間のように泣いて見えるかのように。  その時、リチャードは見た。  Jr.の澄んだ目から、透明な液体が音もなく流れ落ちる、その奇跡を。       【了】
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