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2話 オレの推し
髪はピンクに染めてて、肩につくくらいの長さ。ピンク髪はトレードマークみたいになってて、これで名前を覚えてもらえることも多い。
オレは小さい頃から「女の子みたい」と言われ、周りから可愛がられてきた。アイドルとしては武器になる顔だし、ファンからは王子と並んで「姫」とか呼ばれたりする。一応、身長はギリ一七〇センチあるんだけど、三人の中で一番背が低いせいか、雑誌撮影やライブの衣装は、可愛い系の服ばかり着せられるんだよなぁ。
そこはちょっとコンプレックスがあって、だからこそ、結城くんみたいにカッコイイ男に憧れる。
「結城くん、今回の写真も最高っ!」
クールな印象が強く、満面の笑みとかはあまり見たことがない。はにかむように笑う顔が、穏やかで優しくて、ほっこりするのだ。
「琉生、顔が崩れてるぞ」
吉良くんがスマホを片手に、呆れた顔でオレを見た。
頬に手を当てると、ニヤニヤしているのが分かる。
「これから収録だろ。ちゃんと切り替えろ」
そう言って吉良くんは、オレが読んでた雑誌をサッと取り上げた。
「あっ! 何すんだよ」
「そろそろアイツらも来るだろ。見つかったら、またからかわれるぞ」
「ちぇっ」
吉良くんの言うとおりなので、大人しく雑誌を片付ける。
前に楽屋の机に雑誌を置きっぱなしにしてたら、勝手に読まれて、付録のグラビアを破られたことがあった。それ以来、楽屋でメンバーがいるときは広げないようにしている。
「それにしても、毎回こんなに雑誌を買い集めるなんて、オタクってすごいよな」
「オタクって言うけど、オレの推しは結城くんだけだし!」
「はぁ……琉生、うちはファンあっての商売なんだから、自分がアイドルだってこと、意識しろよ」
吉良くんの忠告も、耳にタコができるほど聞いた。
うちは男性アイドル中心の大手芸能事務所だから、必然的に女性ファンが多い。プライベートは制限されるし、恋愛や結婚相手も、女性が求められる。既婚の先輩も、ほとんどお相手は女性だ。
今どき、恋愛や結婚の相手が異性に限定されるなんて、ちょっと古くさいと思う。まあ、事務所の方針を無視して、男性との恋愛遍歴がすごい先輩もいるけど。
「結城くんファンだって、バレなきゃいいんだろ?」
「そうだ。現場では気をつけろよ? ポスター見かけただけでニヤニヤしたり、すぐ顔に出るんだからな」
「ふんっ」
そっぽを向いたが、心当たりがありすぎる。
トートバッグにしまい込んだ雑誌にしばしの別れを告げると、ようやく仕事モードに切り替えた。
+ + +
番組の収録は予定通りに終わって、吉良くんと一緒にスタジオを出る。リーダーは次の予定があると言ってさっさと出て行っちゃったし、王子は女の子のスタッフとおしゃべりしてたので置いてきた。
オレはこれで上がりだから、楽屋で荷物取ったら帰るだけ。
今日は久しぶりに早く帰れるし、どっかでご飯食べて帰ろっかなぁ。
「吉良くん、メシ食って帰らない?」
「いいけど、奢りじゃねぇぞ?」
スマホを片手に操作していた吉良くんが、うろんな目でオレを見る。一緒に行動することが多いから、外でご飯もよく一緒に食べるけど、基本的に経費で落ちる分しか出してくれない。
「えーっ、ケチ~」
「年下だからって甘えんな」
「リーダーはいつも奢ってくれるのに~」
ぷくっと頬を膨らませると、吉良くんが呆れた目で息を吐いた。
「そういう顔は、カメラの前だけにしとけ」
「何でだよ。『末っ子のナナ』をオフにするのは家に帰ってからだって、吉良くんがいつも言ってるじゃん」
「俺の前では、そんな顔しても無駄ってことだ」
吉良くんはきっぱりとそう言う。
たしかに、いくらねだったところで、大体いつも割り勘だ。たまに奢ってもらうと「当たりの日だ!」とウキウキする。
「じゃあ割り勘で良いから、メシ行こうよ」
渋々といった顔でオレが誘うと、吉良くんが口端を上げる。
そんないつものやり取りをしながら楽屋に向かっていると、廊下の向こうに人影が見えた。
「あっ!」
ちょうどエレベーター前に数人が立ち並んでいる。
その中の一人の顔が、ばっちり見えた。
「ひぇっ! ゆ、ゆゆ結城くんッ!?」
叫びそうになって、慌てて口を押さえる。
遠くにいるのに一瞬で気づいたのは、集団の中で結城くんの頭が抜きん出ているからだ。身長百八十五センチの威力は凄い。
十メートル以上離れているのに、あの神々しいオーラがこっちにまでひしひしと伝わってくる。
「うわぁぁ……っ、やばっ!」
手で口を抑えながら、叫びたいのを必死に堪えた。
生の結城くんだ! ヤバい! カッコイイッ!!
推しを目の前にして、涙があふれそうになる。結城くんはスタッフと談笑していてオレに気づいてないけど、その姿を見られただけで感激だ。
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